#20 来年度に向けて

どちらかというと自分へのケジメというか、思考の言語化みたいなのが強いはなしなので、こうして公開するのも憚られる部分ではあるのだけれど、この第20回目をもって「週刊放課後スタジオ」は一旦終わりにしようと思う。このはてなブログというツールは大学時代からずっと使っていたものなので、これからは「放課後スタジオ」としてではなく、わたし個人として、不定期で何か書いていけたらいい。

昨年の11月に始めたこの「週刊放課後スタジオ」。発足した団体の宣伝を兼ねて、毎週色々なテーマで記事を書いてきた。

好きな漫画について話したこともあったし、友人との再開や旅行についても書いた。ベートーヴェンストラヴィンスキーなどクラシック音楽家のことについて少し真面目に書いたこともある。

「放課後スタジオ」からは、音楽やショートムービーを無事に出すことができて、その宣伝としてこの記事が機能したかどうかはわからないけれど、おかげさまで色々な反響をもらうことができた。

 

一方で、音楽や映像を私が以前から使っていたyoutubeチャンネルで投稿したり、自分のSNSを「放課後スタジオ」のSNSで使っていくにつれ、私自身と放課後スタジオとの関係性が曖昧になっていた。

来年度からの「放スタ」のあり方を考えてみると、最初に思っていた通り、「放課後スタジオ」はあくまでレーベルであり、そこからわたしは切り離していくことにした。今まで「放課後スタジオ」として何かを発信してきたけれど、これからはあくまで「放課後スタジオ」に所属する垂井真として何かを発信するというにする。

言葉で見ると何だか細かいはなしみたいだけれど、兎にも角にも、来年度の「放課後スタジオ」からリリースされる、いくつかの楽曲を楽しみにして欲しい。

そして個人としての活動もまた、しずしずと続けていくつもりなので、それもまた、興味があったら観てもらえたら、と思う。

 

もう少しで訪れる春、次へと続く毎日、待ち遠しい。

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#19 語ることのできない幻

 エヴァンゲリオンについて話してみたい、と思うことは山ほどあった。例えばこれからエヴァンゲリオンの世界に踏み込む人へ、どの順番でみたらいいよ、とか、抑えておくポイントはどこか、とか、そういったことを分かりやすく説明したい気持ちは沸沸と湧き上がってくるし、自分なりの考察めいたものだっていくつかあるし、何より、最新作で全身を震わせた感動について、誰かと長い時間話してみたいと思ったりする。何年か前、夏の夜に山でキャンプしたときに、予想を超えて星が綺麗だったから皆んなを呼びに行って「あれが何座だどれがベガだ」とか言いながら眺めあった。ちょうどそのときみたいに、エヴァンゲリオンについてもみんなで話せたら、なんて思うけれど、けれどそれでも、私はエヴァンゲリオンについて語ることができない。

 

 去年の年末、仕事の関係でエヴァンゲリオンに「没頭」した。アニメ版や旧劇、新劇など、一通り既に観てはいたものの、それらを何度も反芻し、漫画をkindleで買って、メモを取りながら何度も読み返した。ネットの記事やYoutubeの解説を沢山みて、インタビュー本などを読み漁り続ける毎日。エヴァンゲリオンのことばかり考える1、2週間を送ったわけで、結果として「何やら難しい言葉が交わされている」と思う場面は目に見えて少なくなっていき、作品の愛着は深まっていった。

 しかしながら一方で、知れば知るほど他人にエヴァンゲリオンについて話すことが出来なくなっていく気がした。勿論他の作品もそうなのかもしれないけれど、特にエヴァンゲリオンについては、自分なりに調べ、考え、受け止めた「私なりの」エヴァンゲリオンに対する生理的な執着みたいなものがあって、他人に対して客観的に、面白く、言葉にできる気がまるでしなかったのである。

その感覚にどこか通ずるような文章を詩人の最果タヒさんが、週刊文春に寄せていた。

エヴァは、見たことのない友達には詳しくは話してはならないもので、大人にも教えてはいけないもので、もしかしたら自分にしか見えない幻かもしれないもの。自分がその窓を知っていることを、幻視していることを、誰にも知られてはならないと思った」

 最果さんが言っているように、エヴァは「もしかしたら自分にしか見えない幻」みたいだ。そう思えるくらい、「私だけ」を作品の受容に数限りなく要求している。「テーマがない、中身がない」というお決まりの批判は、その意味で的を得ているけれど、エヴァは流れている映像そのものではなく、それを受け取る私一人に対する共鳴のなかで、一人きりを生きる毎日に反響するその響きの中にこそ輝きを持って在る。心の内側の奥底にある、私だけが住う部屋の窓から、エヴァはまるで幻のように見える。その窓を通してだけ、私が受け取ったエヴァンゲリオンの輝きが見える。斜光が差し込んでくる。

 最初に書いた山の星の話でいえば、エヴァンゲリオンは星の煌めきそのものではなく、煌めきを映す川のようなものかもしれない。両手ですくいあげて皆に見せに行こうとすればその瞬間に煌めきはなくなってしまう。持っていくことを許さない煌めきが、川の流れに反射して揺らめいている。

 

 「シン・エヴァンゲリオン」を観終わって映画館を出たとき、そこには変わらない人々の行き交いがあって、私はすでに遅刻している会社へそそくさと向かっていった。まるでその感動が無かったことみたいに、私は忙しなさに帰っていく。それでも、輝きは確かに私の中に残っている。注意深く耳を澄ませば、体の奥底に流れる川のせせらぎが聞こえる。そこにはエヴァと私の響き合いの中で生まれた煌めきが反射している。美しく揺らめいている。他の誰でもない、私だけがそれを知っている。会社の帰り道、疲れた体で電車に揺られながら、ふと感じる際限のない孤独の中で目を閉じれば、私はエヴァンゲリオンが見せてくれた幻を認めることができる。一人きりの窓の外に、確かにそれが映っている。斜光が差し込んでいる。沢山の人がエヴァンゲリオンに対して、本当に色々なことを言うけれど、少なくとも私にとっては、エヴァンゲリオンという物語は、「語ることのできない幻」なのだ。

それだけで、こんなにも十分なのだ。

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来週は

#20 ふたりという形(仮)

です。お楽しみに。

 

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【放課後スタジオ】

「生活に放課後を持とう」をコンセプトに、日々様々なコンテンツを発信しています。

エッセイ「花粉症の季節」…毎日更新中。シティ・ポップのアルバムを聴きながら過ごしている毎日の様子をエッセイにして書き起こしています。

勝手に帯つけてみたシリーズ…毎日更新中。本や漫画に勝手に帯をつけて紹介しています。インスタやツイッター(下部リンク)でご覧いただけます。

週刊 放課後スタジオ…毎週更新中。スタジオの情報を始め、考えていること、生活のこと、好きなもののことなど、発信しています。

毎日1st single「あの街/この先」配信中。

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#18 何もない放課後(活動の整理整頓)

花粉症と曇り空が重なったからか、ずっと恐ろしいくらいにぼーっとしている。今週書こうとしていた友達との遠出の話があったのだけれど、それを書けるような気分ではなくって、かと言って、特別寂しいとか苦しいとかいう訳でもなくって、ただただ本当にぼーっとしている。

だからと言ってはなんだが、現在の放課後スタジオの活動を整理したいと思う。最近自分でもこんがらがっていて、色々と整理しなくてはなあ、と思っている。

放課後スタジオには、「放課後スタジオ」というアーティスト集団として展開しているコンテンツと、代表の垂井が個人として展開しているコンテンツの二種類がある。それぞれ見ていきたい。

 

1.アーティスト集団「放課後スタジオ」の活動

・ショートムービー「波たつ夕暮れ」

youtu.be

 

・音楽「あの街/この先」

linkco.re

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2.放課後スタジオ 代表垂井の個人コンテンツ

・週刊放課後スタジオ(本ブログ上で展開)

・勝手に帯つけてみた

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上で毎日更新

 

・エッセイ「花粉症の季節」ひとまず花粉症の薬が切れる77日感 毎日更新

note.com

 

・放課後スタジオRadio(test type) 週刊更新

youtube.com

 

現在進行形で動いているいくつかの企画や、個人としても考えているものがいくつかある。

こう書いてみるとまだまだ数個しかないけれど、今下ごしらえをしているものを含めると、毎日はそれなりに充実していて、やはり放課後スタジオという場所を作って色々とよかったなあ、となんとなく思う。

花粉の薬、もらっているんだけれど本当にぼーっとする。

面白い友達との話は、来週にでも書けたらいいなあ。

引き続き、よろしくお願いいたします。

 

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【放課後のほうれんそう!】

3/1~3/31日、こちらのギャラリーで放課後スタジオ1st movie 『波たつ夕暮れ』を上映していただけることになりました。

原宿駅から徒歩十分

大画面で観るのが楽しみです。皆様是非お越しください。

designfestagallery.com

 

・垂井真/放課後スタジオの活動をまとめたリンクを作りました。こちらから↓

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#17 僕らまだ放課後の途中 〜井の頭公園編〜

この間、ピクニックに出た。春の陽気が始まった、というような日だった。

今日までそれは続いているけれど、2月に入ったくらいから気持ちがずっと内側にむいている。そんなに大層なものではないけれど、ところどころガタのきている船を注意深く点検するみたいに、一人で静かにいることに、つよい言葉を使えば、固執している。

前もここで書いた二人と会うことになっていて(山梨に行った二人である)、そんな自分の状況だったから、上手く話せるのかなあ、と思っていたけれど、心配は無用であった。

持ち寄った楽器で遊んだり、小学校の頃にのぼっていた木と同じ木に登って高さに慄いたり、自家製のレモネードをもらったり、終始のんびりとして過ごす。時折に伸びのある笑いが響いて、感情の風通しが良くなっていくのがわかる。

 

ぼくのいう「内側に向く」という現象を、そもそも理解できないという人がいっぱいいるだろうし、それによって他人と上手くいかなかったり、集団から何も言わずにはぐれてしまうぼくみたいな人に、「ちゃんとしてくれ」とさぞ思っていることだろう。

それでもぼくにとって、その時間はどうしようもなく必要だし、何より、一人きりの時間を過ごすための方法を見いだすことで、幼少期を、思春期を生き抜いてきたのだ。そこに芽生えた愛着はたしかにあって、だからこそ、たとえば「陰キャ」と言われようと、不本意な形でからかわれようと、そこから足場を動かさずにいる。

香帆がグローブを持ってきてくれて、人生で数度しかやったことないキャッチボールをした。簡単に使われる「言葉のキャッチボール」という言葉が、少し違う意味で見えてくる。二人は、内側に向くぼくを察知して理解して、それでいて理解できないこともわかっていて、何よりそれを尊重し、時には褒めてくれたりもする。自分が二人に対して、そして多くの人々に思っているように、あるいは思えたら良いと思っているように、その人がその人らしくいるということに対して、センシティブである。だから、ぼくはこの場所に留まったままで、ボールを受け、投げ返して、それだけで遊びとして充分に成立する。場に合わせようとあくせくしなくても、ボールが、言葉が、内側に向いた心のままで届けられる。

 

ボールを投げる。つかさはキャッチボールが人生初めて、らしいけれど、運動神経が良いのですぐ一丁前にグローブを使いこなしている。「やってみると、めちゃくちゃ楽しいな」とつかさが言った。

ちょうど、ぼくもそう思っていたところで。

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【僕らまだ放課後の途中シリーズ 人物紹介】

菊池 香帆・・・インスタを見ると極めてよく旅に出ている、小中の同級生。53日に渡る出会いと発見に溢れた旅を綴った冊子を(ユズさんというステキな女性と)作っており、各地の書店で販売している。

bagone.thebase.in

そのことについて語ったyoutubeも出ている。旅の話を聞くのは、何にもまさる喜びであると中世の哲学者が言っていた。

youtu.be

嘘だ、今適当に作った。しかしなんかありそうな気がする。

 

白瀬 元(つかさ)・・・ピアニスト。大学の同級生である。日々の生活をYoutubeでアップしている他、様々な演奏会に出演している。まだよく知り合ってない頃、大学内の優秀者だけで出演できるコンサートに出ていたつかさのピアノを聴いてボロ泣きした夏。

 

つかさのピアノの鱗片が見える動画。どの動画ものんびり観れる。ご飯うまそう歌うまい。

youtu.be

 

前回に引き続き、今回のピクニックも載っている。

youtu.be

 

【僕ら放課後の途中 バックナンバー】

#11 僕らまだ放課後の途中 〜都留編〜

つかさ動画↓

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#16-2 考える放課後 〜どうしてストラヴィンスキーは作風を変えたのか〜

どうしてストラヴィンスキーは作風を変えたのか、という不躾な問いから始めたい。

20世紀最大の作曲家、イーゴリ・ストラヴィンスキー。《火の鳥》、《ペトルーシュカ》、そして《春の祭典》、わずか3年の間に発表された3作のバレエ音楽によって西洋音楽の未来に鮮やかな曙光をもたらし、20代にして芸術界の頂点に登りつめた男は、「音楽のこれから」を担うアイコン的な存在として、芸術の都、パリで喝采を浴びるのだった。

しかし、《春の祭典》から7年後に発表されたバレエ作品《プルチネルラ》でストラヴィンスキーが提示したのは、未来への曙光ではなく、200年ほども前の作品を"編曲"するという懐古の眼差しだった。

新古典主義」という括りで呼ばれるその作風は、もう一人の20世紀最大の作曲家、アーノルド・シェーンベルクの死まで続く。シェーンベルクが開拓していた「十二音技法」という領域は、和音がもたらす聴的な快楽よりも作曲上のシステムを優先する行為であり、「新古典主義」が特徴としていた、単純な和音構成からなる徹底的な聴きやすさとは対極にあるはずだった。しかしシェーンベルクの死後、ストラヴィンスキーはまた作風を180°転換し、「十二音技法」を用いた作品を作るようになる。《春の祭典》(俗に「原始主義」と呼ばれる)、「新古典主義」、そして「十二音技法」(正確には「セリー音楽」)、その作風の3度にわたる転換から、ストラヴィンスキーは「カメレオン作曲家」「1001の顔を持つ作曲家」などと呼称された。

彼は何故作風を変えたのか。

 

もちろん、作風を変えた直接的な理由が分かる、と思うのは本質的に筋違いだ。我々が人生で下したいくつかの選択に明確で言語化できるものなんて全くと言っていいほどないように、選択には多様かつ曖昧な要素が満ち満ちている。

しかしながら、いくつかの伝記作者が「彼の作品の全てを愛することはできない」と新古典主義以降の作品を幾分批判的に述べている事や、「ストラヴィンスキー=《春の祭典》」という図式が頑丈に成立しているメディアのあり方、そして初期バレエ3作ばかり取り上げる今日の演奏会の実情を鑑みると、敢えて直接的に、「何故作風を変えたのか」という疑問を立てることこそ大切なのではないだろうかと考えた。久しぶりの友人との会話で、核心を気を遣って避けられるよりも、土足で踏み込まれた方が却って喋りやすいことがあるのと同じように。

 

このことについて考える時に足がかりとなったのが、彼が自らの作曲理念について語ったハーバード大学の講演である。

『音楽の詩学』と言う名でまとめられたこの講義は、観念的かつ難解であり、十全にそのニュアンスを捉えることは叶わないが、彼の作曲に対する姿勢が、「自らの哲学の表現」というような、ロマン主義的なものとは全く異なっていたことは浅薄な理解でも読み取ることができた。

彼にとって作曲とは、0から1を生み出すような所謂"クリエイション"ではなく、あくまで元々ある「与えられた素材」を職人のように加工し、秩序だて、統一していくという一種の"ワーク"であった。

音楽学者・船山隆が《春の祭典》の創作過程について述べている一節からもその姿勢は読み取ることが出来る。「最初の音素材は原形の痕跡が認められないほど徹底的に変形され(中略)この変形された素材の断片を、何色ものインクで書きわけながら組み合わせて、見事な秩序と統一性をもった音の小宇宙を形成していく」(船山隆『ストラヴィンスキー  二十世紀音楽の鏡像』58頁)

『音楽の詩学』や船山の言説を踏まえて考えると、ストラヴィンスキーの作風には内的な一貫性があることが分かる。作曲のきっかけとなる「与えられた素材」を、初期のバレエ音楽は「ロシアの民謡」に、新古典主義では「過去の作品」に、十二音技法はその「作曲上のシステム」に求めたのだ。つまり、「何故作風を変えたのか」という問いは「何故、素材の対象を変えたのか」という問いに修正されることになる。

彼は、何故「ロシアの民謡」に素材を求め原始主義と呼ばれる音楽を作ることをやめ、「過去の作品」を素材にすることを選んだのか。

 

当時のパリ芸術界にとって、《火の鳥》や《春の祭典》のような音楽が熱狂的に求められていた理由は、パリが「芸術の都」と称される理由と密接に結びついている。それは、5回におよぶ「万国博覧会」がパリで開かれ、世界中の芸術がその都に集まったからである。そのため、パリにとって芸術とは「異国のもの」という意味合いが強く、だから日本の芸術もまた、興味を強くかき立てる「異国」として求められるようになっていたのである。

そんな中、異国ロシアの民謡を素材に作り出した野生味溢れる音楽を全面に提げてパリの芸術界に君臨したストラヴィンスキーは、芸術を欲する人々にとって"ドンピシャ"だったに違いない。「ロシアの民謡」という素材は、手放すにはあまりに惜しい、ストラヴィンスキーの人気を支える大黒柱となっていたのである。

そんな素材を手放したことに、明確な理由をつけることは前述したように筋違いだと思うが、《春の祭典》の翌年から始まった第一次世界大戦と、続けざまに起こったロシア革命によって、ストラヴィンスキーが故郷ロシアで生活する道を、現実的にも、精神的にも閉ざされてしまったことは大きな一因と言えるかもしれない。ストラヴィンスキーは、十月革命後、自国に還ることは叶わないと知り、スイスからフランスへと渡り、後にフランス国籍を得る。結局ロシアに再び訪れるのは《春の祭典》から約半世紀も経ってからのことだったが、それも一時的な滞在に留まり、晩年はアメリカ・ニューヨークでその生涯を終えた。

大戦後の彼にとって「ロシア民謡」という素材は、自らのアイデンティティと結びつくものではなくなってしまった。そこには愛憎入り交じった感情があっただろうが、少なくとも、作曲の素材としてふさわしいものとは生理的に思えなくなってしまったのだと推察する。しかし、まるで人格すら変わってしまったような《春の祭典》から《プルチネルラ》への転換は、戦争と革命という二つの出来事の壮絶さ・惨さに依るものだとすると、そこにはある種教科書で歴史的な事実を辿るよりも遙かに確かな重たさを感じる。

興味深いのが、ストラヴィンスキー自身が自らの転換ついて語っている言葉である。彼が、作風の転換によって人々のニーズから離れたことを自覚的だったことが分かる。

「作曲家としてのキャリアの最初の時期において、私は聴衆に非常にちやほやされた。最初は敵意に満ちた受け入れられ方をした作品さえ、その後まもなく喝さいを浴びた。けれども、この十五年間に書かれた作品では、自分が聴衆の大半からむしろ遠ざかってきたとははっきり感じている。聴衆は私から別のものを期待していた。(中略)私に関心を抱かせ、喜びを与えるものは彼らの関心を惹きつけず、彼らの興味をなお掻き立てているものは、私にとってもはや魅力をもたない。」(『私の人生の年代記 ストラヴィンスキー自伝』204頁)

仮に現代の演奏会や「《春の祭典》=ストラヴィンスキー」というメディアのあり方をストラヴィンスキーが知ったら、嘆息をもらすかもしれないけれど、一方で、理解はするはずだ。そんなことは分かっていた。とでも言うかのように。

先ほど引用した部分に続く言葉には、ストラヴィンスキーの清々しく力強い信念が立ち現れている。

「そのような態度(人々の無理解)によって私が自分の道から逸らされるようなことは、むろんないだろう。無分別にも、単に私を退行へと唆しているのだということを疑ってもみない人々の要求を満足させるために、私が愛し、私が渇望しているものを私が犠牲にすることなどない。(中略)私は過去にも、未来にも生きていない。私は現在に生きている。私は未来がどうなるかはわからない。私には現在の自分の真実を信頼することができるだけだ。」(同上、205〜206頁)

「私は現在に生きている」この言葉はストラヴィンスキーの作曲をし「続けた」人生と強く共鳴する。彼にとっては(少なくとも、彼の信念にとっては)、人々の需要に答えることは二義的なものに過ぎなかった。現在を生きる作曲家として生き抜くためには、素材の対象を変えることこそが不可欠だったのだ。

彼は晩年、こう話している。

「ほかでもない、自分で突破口をきりひらいた人たちが、いつの間にか、先頭にたって自分の完成したものの上に錆を生やさせたがるなんてことは、よくみかける図だけれど、何をこわがって、止まれなんていいだすのだろう?どんな安全がほしいのだろう?よしんば、限界がひかれたにせよ、それが何の保証になるだろう?今の自分が、かつて戦ってきた当の敵になってしまったという事実を、どうして忘れちゃえるのだろう?」(『118の質問に答える』118頁)

 

 

彼は一時代を作った人間として、権威的に腰を据え、"お偉いさん”として若者に向かって批判をすることを拒否し、作曲家として、生き抜くことを選んだのである。

信念は見事に体現され、彼は二つの大戦を生き抜き、死の直前まで新しい作品を発表し続けた。

その生き様について思いを巡らせた時、僕の記憶の中で引っかかるのは、小説家村上春樹が『走るということについて語る時に僕の語ること』という本の中に記していた言葉だった。

村上は幾分(というかかなり)キザに、「もし僕の墓碑銘なんてものがあるとして、その文句を自分で選ぶことができるのなら、このように刻んでもらいたいと思う」と述べ、その言葉を選んでいた。

冒頭の「どうしてストラヴィンスキーは作風を変えたのか」という問いには、幾分逆説的ではあるけれど、「変わらないため」という答えを出すことになる。その姿は思わず「自分もそうあれたら」と胸を昂らせるに値するほど、悠然としていて、凛々しい。ストラヴィンスキーという名前は、これからも《春の祭典》の作曲者として知られていくだろうし、演奏会でもまた、3大バレエばかりが取り上げられるのだろう。

それでも、と思う。

それでも、彼は確かに「作曲家」として生き抜いたのだ。

その生き様は、小説家が墓碑銘に記す予定の一文を、この上なく見事に体現する。

 

曰く、

「少なくとも、最後まで歩かなかった」

 

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〈主な参考文献〉

・『大作曲家 ストラヴィンスキー』ヴォルフガング・デームリング著、長木誠司訳、東京:音楽之友社、2001年

・『ストラヴィンスキー(不滅の大作曲家)』ミシェル・フィリッポ著、松本勤、丹治恒次郎訳、東京:音楽之友社、1983年

・『「辺境」の音:ストラヴィンスキー武満徹』遠山一行著、東京:音楽之友社、1996年

・『音楽の詩学イーゴリ・ストラヴィンスキー著、笠羽映子訳、東京:未来社、2012年

・『私の人生の年代記 ストラヴィンスキー自伝』イーゴリ・ストラヴィンスキー著、笠羽映子訳、東京:未来社、2013年

・『118の質問に答える』ロバート・クラフトイーゴリ・ストラヴィンスキー著、吉田秀和訳、東京:音楽之友社、1960年

・『ストラヴィンスキー 二十世紀音楽の鏡像』船山隆著、東京:音楽之友社、1985年

・『走ることについて語るときに僕の語ること』村上春樹著、東京:文藝春秋、2010年

・『現代音楽史 闘争し続ける芸術のゆくえ』沼野雄司著、東京:中央公論新社、2021年

・『20世紀を語る音楽(1)』アレックス・ロス著、柿沼敏江訳、東京:みすず書房、2010年

 

 

来週は 僕らまだ放課後の途中 〜井の頭公園編〜 です。

お楽しみに!

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・今週のラジオ

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【放課後スタジオとは】

アーティスト・垂井真(たるい まこと)が企画・出資し、他のアーティスト達と共に制作した作品を発表する際のレーベル名です。

 

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【放課後スタジオ 2020年度年間計画】
・1月下旬 1st movie "波たつ夕暮れ"
・01月10日 1st single "あの街/この先"

 

#16-1 考える放課後 〜虚像の反射光〜

「生きている作家にしか興味をもてないんだよね」と知りあいが言っていて、確かに、生きているということはそれだけで絶対的な価値だなあ、と思った。新鮮な刺激を求めるこの世の中にあっては特にそうだ。

けれど、生きて”いた”ということを知ることにもまた、この上ない価値があるのではないかと僕は思っている。

 

過去の人間について知ろうとすると、沢山のことを知る必要が出てくる。

親族や交流関係、言語や政治や風習や思想まで、沢山のことが人間にはからみついているから。それは逆にいうと、沢山の視点から人間を語ることが出来るということでもある。さらに言えば、そこに主観が入り込んでくるので、同じ人に向けた伝記でも、語り口によって全然違う色合いをしている。

そう思うと、生きていた誰かについて語るということは、それだけで間違いを生む行いだ。どれだけ資料を集め、研究を重ねようと実像とは絶対に離れてしまう。もちろん、優秀な研究家は実像との乖離を極限まで抑えることに成功するだろう。でも優秀な研究家じゃない場合、例えば僕みたいな人間が語る場合、限られた資料と怠惰な性格と決して優秀ではない脳みそでは、実像と離れた虚像を生んでしまうことになる。

他者について語るということは、正しさを求めて間違い続けるということ。

虚像を作り上げていくということに他ならない。

 

過去の人間について調べていると、どこかの時点で「もしかしてこんなことを考えていたかもしれない」とかそういった、可能性に思い当たることがある。

その発想は自分の内側から生理的に生まれた共感や反発を頼りに生まれることが多い。

もうどうやったって、その発想が正しいのかを確かめることは出来ないから、あくまで個人的な引き出しとなって、僕はその視線を持つことになる。まるで自分だけの秘密みたいに。

調べていくうちに客観的な事実がそれを否定することもある。筋違いだったな、思うこともある。けれどもしその秘密が消えなかったら、そこには他の誰も持ち得ない、「わたしらしさ」が存分に含まれている。

 

生きている人は沢山のことを発信するし、この先の未来だってあるし、否定する力を持っているし、その人がもたらしたいイメージだってあるから「こうであるかもしれない」を持つためには、多くの場合、なんというか、うるさすぎるのだ。

だから、「わたしらしさ」は、すでにこの世にいない人間へ向ける眼差しの中にこそ静かに立ち現れる。

 

毎日は「わたしらしさ」なんてそっちのけで情報と娯楽と責務の雑多で圧倒的な大海の中にある。その大波に対抗して、しっかりとこの星に足をつけるための、「わたしらしさ」を確かめる方法。その一つは、歴史を生きた他者について、あくまで自分なりに調べていくこと、その人にゆっくりと想いを巡らせて「もしかしたらこうであったかもしれない」という、自分だけの秘密を持つことではないだろうか。

過去の人間について、その人が生きた世界について調べる時間は、研究成果を学会に出すためでもなく、自分の何かに活かすためでもなく、他者を通して自分を丁寧になぞるこの上なく慈しみのある時間だ。

徐々にみえてくる虚像には、実像との輪郭のずれがあって、微かに映る古ぼけた鏡みたいに「わたしらしさ」がぼんやりと反射している。

それは大海にさらわれ続ける毎日に時折おとずれるあのどうしようもない深海の暗闇にだって刺さるような、かつて生きた人への、わたしだけの秘密。

身体のかたちを丁寧になぞる、「こうであったかもしれない」の、柔らかな反射光_____。

 

明日、#16-2 考える放課後 〜ストラヴィンスキー〜 をお送りします。

お楽しみに!

 

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【放課後のほうれんそう!】

3/1~3/31日、こちらのギャラリーで放課後スタジオ1st movie 『波たつ夕暮れ』を上映していただけることになりました。

原宿駅から徒歩十分

大画面で観るのが楽しみです。皆様是非お越しください。

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【放課後スタジオとは】

アーティスト・垂井真(たるい まこと)が企画・出資し、他のアーティスト達と共に制作した作品を発表する際のレーベル名です。

 

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フォロー等、ぜひよろしくお願いいたします。

Youtube:https://www.youtube.com/channel/UCTZzxdmNYpv1vQVdgLcd5YQ/featured

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Instagram:https://www.instagram.com/afterhour_studio_92/

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【放課後スタジオ 2020年度年間計画】
・1月下旬 1st movie "波たつ夕暮れ"
・01月10日 1st single "あの街/この先"

#15 放課後映像研 (1~25本目)

放課後映像研は発足と同時に深刻な危機を抱えていた。

「2時間は長い」「小説の方が面白い」と言い訳を聞き飽きるほど並べ映画を敬遠してきた20年余、我々は果たして研究できるほどの映画を観てきたのだろうか(いや、ない)。気がつけば”観てない”ということに逆にあぐらをかいて、楽しそうに映画トークで盛り上がる友人たちを「俺、映画あんまり観ないんだよねえ」と高みの見物とはこれいかに。映像に関わる仕事を始めて、映像三昧すしざんまいの毎日で心のうちに唱え続けた「映像について自分の感覚をもっと磨きたい」「沢山みて沢山勉強したい」「気持ちのいい構図って見てるだけで幸せ」との言葉、純朴な感情に見て見ぬフリをしてはや2020も終わりを告げ、深大寺の鐘が鳴り響く「行く年来る年」を観ながらようやっと決心を固めたこたつの中のあけまして。とりあえず、「放課後映像研」として100本観てみようじゃまいかと相成った。

そんなこんなではや2ヶ月。4分の1にあたる25本の映画を兎にも角にも鑑賞した次第であり今週はその報告会とする。

下記が閲覧した25本である。

 

1.永遠の語らい/マノエル・ド・オリヴェイラ

2.劇場版「鬼滅の刃」無限列車編/外崎春雄

3.ファンタジア/ジョー・グラント

4.ロシュフォールの恋人たち/ジャック・ドゥミ

5.家路/マノエル・ド・オリヴェイラ

6.映画 えんとつ町のプペル/廣田裕介・西野亮廣

7.海獣の子供/渡辺歩

8.ソング・トゥ・ソング/テレンス・マリック

9.魔女見習いをさがして/佐藤順一・鎌谷悠

10.羊たちの沈黙/ジョナサン・デミ

11.マインド・ゲーム/湯浅政明

12.愛おしき隣人/ロイ・アンダーソン

13.猟奇的な彼女/クァク・ジェヨン

14.パラサイト/ボン・ジュノ

15.ホモ・サピエンスの涙/ロイ・アンダーソン

16.同級生/中村章子

17.MEMORIES/大友克洋

18.インセプション/クリストファー・ノーラン

19.セックス・アンド・ザ・シティ/マイケル・パトリック・キング

20.さよなら、人類/ロイ・アンダーソン

21.天国にちがいない/エレア・スレイマン

22.マイ・インターン/ナンシー・マイヤーズ

23.マッドマックス 怒りのデスロード/ジョージ・ミラー

24.メン・イン・ブラック/バリー・ソネンフェルド

25.ラ・ラ・ランド/ディミアン・チャゼル 

 25本の映画を取り敢えず観てみて思ったことを一先ず三つ、まとめてみた。

1. 魔女見習いをさがして

 「おジャ魔女どれみ」20周年で作られた今作品は、20代前後の「おジャ魔女」ファンの女性三人がひょんなきっかけで出会い、それぞれが抱える悩みや人生観を、「おジャ魔女」を中心点に、振り返ったり、ぶつけあったりしながら、楽しくなったり、おかしくなったり悲しくなったりする物語だ。「小さい頃、ずっと魔法が使えると思っていた」という言葉や「私たちもまた、魔法使いなのかもしれないね」というような言葉があって、作品全体が「大人になってしまった」と、「大人になって良かった」の間で揺れ動く。

ストーリーと音楽と美しい映像の絡ませ方も見事で、有給を取ってまで、四日間で3回も観にいった。3回も映画館に観に行ったのは高校生の時の「風立ちぬ」以来である。

おジャ魔女どれみ」の作品ということで、敬遠する人もいるだろうけれど、これは「おジャ魔女どれみ」の作品というよりむしろ、共通の趣味を持つという幸運に恵まれた三人の女性たちの話である。

仕事が全く優れず早退した日になんとなく観にいって本当に良かった。おすすめである。

 

2. ロイ・アンダーソン

アンダーソン監督の作品はほぼ全てフィックスの長尺カットで、パッチワーク的に様々な登場人物の状況が切り取られていく。はっきりとした物語筋もなく、ドラマティックなアクションシーンはもちろん、動きというものがほとんどない独特の手法だけれど、「画に力があれば映像は惹きつける大きな力を持つ」ということを実感させてくれる作品だった。

特に好きだったのは「愛おしき隣人」。徹底的に静的であった映画が、夢を描いたワンシーンだけ美しい動きと音楽を持つ。その時の力は凄まじい。

他には「さよなら、人類」や、「ホモサピエンスの涙」を観た。どの作品も同様の独特の手法で作られていたが、「画の力が大切」と、どんな教本で教わるよりも説得力を持って体に刻み込まれた。

これは他の分野でもそうだけれど、本物を時間をかけて味わう以上の学びはないと、この10年くらいを思い返すといよいよ確信的に思う。作品に触れて肌がひりついた時の感覚はどんな感動的なスピーチや説得力のある教本よりも深くいつまでも鮮やかだ。

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3. 総評

元々好きだったアニメ(「鬼滅の刃」や「海獣の子供」など)と並行して、TSUTAYA渋谷店で店側がプッシュしていた個人的な好みに合いそうな作品(「永遠の語らい」「愛おしき隣人」など)を観る。インセプションあたりからSNS上でお勧め映画を教えて欲しい、と発信して頂いたリプライを中心に観るようになった。

小説や音楽は、今はもう元々好きなところから数珠つなぎ的に興味を伸ばしていけるし、その数珠のネットワークの面積がないわけではないので、自分で勝手に読むし聴くけれど、映画は、自分の好みや「こういうものなんだ」という自分なりの価値基準の制定過程であるから、逆に人からのお勧めもすんなり観れた。特にマッドマックスや初のドルビーシネマで観覧したララランドは印象的で、自分の「映画観てない」というある種のコンプレックスを思い切って発信して良かったと思っている。

次の25~50本はSNSで勧めてくれたものを中心に観ていく予定である。次回の報告会は、果たしていつになることか。

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#11 僕らまだ放課後の途中 〜都留編〜

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