白くて馴染まない:総武線、上野公園

市ヶ谷駅を過ぎたあたりだっただろうか、いつも背後に伸びている影みたく、「忘れていただけでいつもそこにあったのだ」と言わんばかりに、夢の中の彼女が姿を現した。

「ねえ、外国に行きたいって、前に言ってたじゃない?」彼女は夢と同じ服装のまま、僕の隣で、もたれかかるようにつり革にぶら下がっている。

「うん、言ってた」

「今はそういう気持ちはないの?つまりこう、どこか別の世界へ、行ってしまいたいというような」

「…そういう気持ちは、なくなったりするものじゃないような気がする。時期によって、薄まったり、濃くなったりするかもしれないけれど。誰もが、ここではないどこかのことを、願望として、思い描いたりするはずだよ」

「うん、私の言いたいのはさ、えっと、「誰もが」とか、そういうことじゃなくて。おまえさんは、本来海の向こうの世界で生きるべき人なんじゃないかってこと。つまり、今までが全部準備でさ、向こうへと旅立ってから、おまえさんの本番が始まる、というような」

「…どうだろう。生きるべき場所、なんてものが、僕にあるんだろうか」

 

多国籍の言語が飛び交う秋葉原駅で電車を乗り換える。乗り換えのために階段やホームを歩いている内は見当たらなかったけれど、山手線に乗り込むとすぐ、僕をのぞき込むように見る彼女の姿が車窓に映るのを認めた。

「だって、おまえさんは海の向こうの国の音楽ばかり聴いているじゃない」

「そんなでもないよ」

「絵画も、映画も、本だって」

「…まあ、うん。多分でも、みんな、そうなんじゃないかな」

「ううん、みんなとおまえさんはだって、全然違うじゃない」…

上野駅は改札をでるとそのまま公園へと繋がっていて、僕は喧噪の多い公園内を通って学校へと向かうのではなく、公園を避けて、その枠をなぞるように歩く道筋を選択する。そちらの道を歩く学生は極めて少ないし、おそらく、歩く距離的にもそれは遠回りの通路なのだとは思うのだけれど、それでも人ごみに感じる疲労感をそれなりに疎んでいたから、基本的にそちらを選ぶことにしていた。

「ほら、やっぱり」楽しそうに彼女は言う。「おまえさんは違う」

「違うか違わないかなんて、どうでもいいことのように思えるよ」

僕は少しだけ語気を強くして言ってみる。それを聞いた彼女は怖がったのか楽しんでいるのか、カーディガンのボタンを外してそれを翼のように靡かせながら走り去っていった。まるで13歳くらいの少女みたいに。僕は彼女がどこかへいなくなっていくのを認めながら、卒業単位のために必要なだけの講義へと、ゆっくりと足を運ぶ。