膝を折り、水を飲んで

夏の連載2018 (7/4〜8/3)

アトリエ

自分の笑っている顔の、不自然さばかり目につくようになったのはいつからだろう。思春期に苛まれて、心に育っていく暗闇を怖がる。一方では、それが自分をどこか違う場所に連れて行ってくれるのを願いながら、耐え忍ぶように退屈をやり過ごす。毎日のように暗闇が入ってくる。体の中に、血液の中に、それは全体を青く灰色に染めて、やがて辿り着く場所を見えなくさせる。

 

耳元にはくるりの初期の歌が聞こえる。久しぶりの外出は殊の外いい天気で、耳元では同じような歌詞がなんども繰り返されながら、曲の終わりを予感させる。外出するときの服装に迷う。社会に自分が溶け込めるか、過敏に考えてしまったりする。心には未だ悪の華、地獄の季節、牧神の午後…

目を閉じると暗闇が見える。けれど何かが聞こえる。目を開けると何かつまらないような気がする。それでも、優しさやら、希望やら、心からしてみればどうでもいいと感じるようなものが、いやらしい意味ではなくて、かなり大切な場所で、必要だと知っている。僕の思春期はそうして終わる。そして本当に孤独になる。毎日は単調になって、僕は知らない人と出会いと別れを繰り返し、やがて皆僕のことを忘れるのだ。

こうして文字を書いて生きているということ、それだけで毎日は忙しない。背後から隙を狙って暗闇は忍び寄ってくる。優しさへの不信感が笑顔を不自然にさせているような気がする。世界中が僕を嫌っているような気がする。そんな僕に続く豊かな今日は、やがて僕を、顔の見知った誰かではなく、遠い国の誰かとつなぎ合わせる。僕たちは本当の必然で、深い暗闇の中で、生まれてきた場所や時間という全ての不都合を超えて出会う。そのとき多分、二度目の思春期が終わる。そして僕は、生まれてきて良かったと思う。

そんな風にして生きていけたら、そんな風にして生きていけたら。