飯倉さんが通る

いつだったか、何処もかしこもでっかい食品サンプルみたいじゃあありませんかね、とあの人に言ったことがありました。そうです、あの中華料理屋さんのガラスケースの中に置いてあるあれです。あの人は微笑んでばかりで返事をお返しにならなかったけれど、おそらく、わたしのより詳しい実況解説を求めていたのだとおもいます。わたし自身思いつきで口に出た一言であって、言わばその発言は反射神経の落とし子でありましたので、それ以上話すのをやめてしまいましたけれど。

 

あれから木魚三叩きで数週間が通りすぎまして、只今のわたくし飯倉は、みんなして、何かのサンプルになろうなろうとして、何かにウソをついているんじゃあないです?なんて、そんなことを毎日おもいます。けれど、そうすると、誰かがくれたあっぱれな感動やぴょんぴょん跳ねまわりたいような気持ちも、まるで戦隊ヒーローさんみたいに、実は背中にチャックがついているものなんじゃないか、なんて、思ってしまうのです。

だから外側の何かに期待するのをやめました。いつだって心の奥底にはあるんですもの。きゅんきゅんとするもの、私をぶるぶるさせるもの、分からないもの、嘘じゃないもの。心がほんわかするもの。

つまるところわたくし飯倉は、いつだってほわほわとした優しさを、育てているのでありました。

あの人はその場所に、寄り添ってはいてくれるけれど、あの人に対しても、期待し過ぎるのはよくありませんね。私のほわほわとした優しさが、顔の知っている誰かさんではなくて、届くはずのなかった場所に、届いてほしいなとおもいます。

飯倉お手製のブリキの飛行機が、あふれかえっているサンプルをくぐり抜けて、遠く向こうの海まで飛んでくれればいいのにな、なんて思うのです。