にっき12

神戸日記6

  

8月某日

 

遺品整理は父の幼い頃の写真が掘り起こされる等のイヴェントによって驚きの声と共に和気藹々と進んでいったが、大きな段ボールが部屋の隅に一つ残されたままで、私はその隣で一心不乱に祖父の残した日記を読みふけっていた。

気付けば些か豪華にすぎる夕食が大テーブルに並べられていたからどうやら3〜4時間ほども私はそれを読み続けていたようである。窓の外にはあれほど私の神経をおかしくさせた太陽が沈み、代わりに何かを隠すような夜が来ていた。

私は食事の間で日記の中身を問われ、父親や叔父さんについての面白おかしい記述を話す。場が盛り上がっている間におかずを過剰に取りまくるとかき込むように食べた。

 

日記に書かれていた大部分のことについて誰にも自らの口から話すつもりはない。それは彼の息子たち、すなわち父親に対してもだ。なぜなら(突拍子のないことだが)祖父は他ならぬ私のためにこれを残したのだとすら思うからである。そしてもっと言えば、私はこれを読むためにきっと、今年ここへ来たのだ。

 

 身勝手ながら強くそう思う。私は今日そんなにも一人の人間の生き様に救われた。盛り上がる大人たちに隠れるようにして、音もなく、泣き続けていた。