フクラム国

タルイのブログです

サキ:たしかさと外国

 サキは、市民プールの見物席で外国の本を読んでいました。なんだか必死で何かをする必要がなくなった途端、何もかもどうでもよくなってしまった感じがして。

 本を丁寧に読む方法は、手をきちんと洗うこと。って友達に言ったら、うまく伝わらなかったのを思い出して、サキはお手洗いに向かって熱心に手を洗い始めます。

 別に反抗したいわけじゃないんだけれど、わかってくれない人がいると、やめることができないことってたくさんあるし、私はそうだと信じているってことを、きっと自分に、伝えたくなっちゃうんだろうな。

 本をパッと開いたときに、ひらがなが多いとちょっと甘い匂いがするし、フォントが少し薄くなっていて、文字の間隔がほんの少し空いていたりすると、どことなく優しい気持ちになって、時間が過ぎていくことを、大したこともないことのように思ってしまう。

 私が読む本が描く外国は、キラキラとした、まるで世界中の綺麗な虫だけを集めた図鑑みたいに、ああ、こんなのがあるんだ、って、楽しむようなものでは全然なくて、もっとそのままの生活の匂いとか、容赦のない国民の性格とかを写していて、それは時たま嫌になってしまったりするけれど、それでも私にはその「たしかさ」というものが、まるでラジオが特定の周波数を拾ってくれたときみたいに、嬉しい。

 サキはプールで遊ぶ親子連れを眺めて、真剣に泳いでいる自分より少し大きな人たちを眺めて、そして、両手を上げてせっせとウォーキングしてるおばあさんたちを目に止めて、「やっぱりはやく私は行かなきゃ」って、そんなことを思うのでした。

  でも私にはまだ、たくさんのことが整っていない。私の身体はもっと女の人らしくなっていくのだろうし、私の心もまた、もっと違うように、大切なことと大切じゃないことを分けられるようになっていくのだろう。

 だから胸が大きくなっていくのを、色んなことを忘れていくのを拒まないように、膝を丸めて、時間を忘れるようにして、サキは日の暮れるまで本を読み続けるのでした。

 本の書き出しはお決まりの、どこにでもあるような始まりで、だからこそ、ここにしかない終わりがあるように思えたりして、「やっぱり私は」って、古くから伝わる呪文を唱えるみたいに、静かに、大切なことを確かめるのでした。

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