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タルイのはてなブログ

タルイのブログです

防波堤

 今夜決めよう、と彼女は言った。その提案は少しばかり唐突にも感じられたけれど、「うん。」と、なんのことはないように返したりして。

 その言葉は僕だけを置いていく。もう、ずっと決めなくていいじゃないかと、そんな風に思う一方で、やっぱり君が待ってくれないというのなら、動かなければならないとも思う。だから身を寄せるように君の隣に近づくのだけれど、君は、僕のことはなんか見向きもせずに、さっきからずっと、波の音を聞いているばかりだ。

 

 なにもかもが均衡を失うまで多分あと3日といったところで、僕らはそこから遠ざかるように今日もまた、魚のいない防波堤で退屈を過ごしている。

 君が考えなしに投げるポップコーンが海に沈んでいく。十分に海水を吸い込んで、見えなくなっていく。

 今を生きるというのはどうしてこうも難しく、退屈極まりないのだろう。僕らは教育を受けてきたはずだし、正しさを教えるハードカバーの本を読んできたはずなのに、なぜこんな場所で波の音を聴くことしかできなくなったのか。

 君が求める今の感情を、十全に僕が与えられるとはとても思えない。なんなら全ての言葉なんて、何かを乱雑に制限するだけの、利便性の塊でしかないかもしれない。

 

 君が立ち上がると大きくスカートが揺れて、太ももに隠したおもちゃの拳銃が見えた。少年が夢いっぱいに掲げていたそれを、僕らは札束で買い取った。

 いったいいつまでこんな風にして、何かから逃げていくのだろう。

 今夜決めよう、だから彼女はそういったのだ。

 

 僕は君の手を取る。だんだんと空は夕闇に変わっていく。指先から透明な気配が漂っている。体を抱き寄せるとわずかばかり、性的な気持ちになる。

 こんなにも脆く壊れそうな塊に、僕らはきっと恋をして、愛おしく思いながらずっと、現実から絶え間なく逃げ続けなければならない。それは少し億劫で、妬ましい。

 「何が見えるの」君が聞いている。答える代わりにスカートの中に手を伸ばす。太ももにはおもちゃの拳銃が隠れている。

 今まで得たものの全てが、なんの価値もない、ただの代用可能な材料だったように思える。僕らは教育を受けてきたはずだし、正しさを教えるハードカバーの本を読んできたはずなのに。

    君も同じことを考えているのだろう?

 あともう少しで日が暮れるはずだ。魚のいない海は相変わらず静かな波音を立てている。

「今夜決めよう」そういうと君は気持ちよさそうに笑う。