フクラム国

タルイのブログです

露草

 透明な風の通った場所が柔らかな風景を残しているように、僕らの歩いてきた道にもきっと、穏やかで特別な感慨が柔らかく残っていて、それを手放したくないからずっと、「散歩をしよう」と、誰かをどこか海辺の街へと誘っている。

 少しずつ移り変わっていく景色の中で忘れられていく様々なものを、最も繊細な部分の感覚だけがかすかに認めていて、それだけが僕を、今日も、この場所に引き止めているように思う。

 それは僕だけの秘密で、だからこそ多分、宇宙が持っている秘密そのものでもあって。

 全ての手段をつかって届こうと願うその場所にそのまま届けてくれそうなのは音楽だけで、僕は結局その世界に片足を踏み入れながらも文章を書き、言葉にした分だけ遠のいていくその場所に、狡猾に、裏道から近づこうとする。曖昧なメタファーを探していく。

 音の響きの帯にある透明感と柔らかさが紡ぐあの場所を、きっと今日も探している。近づいていると思った分だけ、遠ざかっていくばかりだ。それは幼いころ作った泥だんごの隠し場所みたいに誰もが当たり前のように覚えていたはずなのに、気付いたら感情の渦の中に埋もれてしまっている。どうにか救い出そう、掘り当てよう、と意識的になればなるほど、静かに遠のいていく。

 音の帯は世界を包んでいる。そこには確かにあの日感じた透明感があって、微かにどこかへ向かいたがっている。次の音が出る。音と音のつながりを指先でわずかに滲ませる。水中?深海か、いつの間にか流動の中にいる。無意識の中で潤いは全身を柔らかく包んでいく。音楽は、秘密への直行便だ。

 

 ゆっくりと変わっていく。雲がいつのまにか進んでいたように、冬がやがて春になるように、僕もやがて大人になって、単純なことを今よりもっと忘れてしまうのだろうか。

 僕はピアノを練習します。それが終わったら、一緒に、どこか散歩に行きませんか。