フクラム国

タルイのブログです

憂鬱とおしゃべり2

 ブランコが程よく揺れて景色が宙に浮くと、知っている街の景色の中に一瞬間、記憶の中にあった特別大切な感慨が現れる。

 それはどこかに通じている気がするし、そのどこかへ行きたいと常に思う。

 

 学校が今日から始まるとか思っていて、それは確かに一般論としてはそうだったのだけれど、休講とかが中途半端にあったりしてもう何もかもどうでもよくなってしまい海まで行くと言う友人についていった。そしていろんなことを考えた。考え途中のことを話しても考え途中として聞いてくれる友人がいて良かったと思う。

 書いていることや言っていることとが自分の行動に繋がるまでにタイムラグがあるのはどうしてだろう。思っていてもできないことが多すぎるのはなぜだろう。頭ではわかっているのに体が動かない瞬間の萎えはなんなのだろう。

 あと、自分の問題だけでもそうなのに、そこに他人が絡んできて、本当に「いくら自分が行動を起こしても意味がない」という気持ちになってしまうとき、あの感慨は本当になんだ。撲滅したい。ああなると他人のことが嫌になってそうなった自分が嫌になって世界自体がどんよりとする。撲滅したい。

 いっそもう全部投げ出してどこか遠いところへ。そう思う時はどうしたらいいのだろう。ブランコに揺られながら考える。いまの僕はただ逃げているし、やってくるものとは結局は向き合うのだけれども。

 携帯が震える。すぐに海まで逃げるような僕にさえ、また一つ通知が溜まっていく。今日であった、逃げずに戦っている人々のことをおもう。身勝手ながら身を案じていると、またブランコがほどよく揺れる。