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タルイのはてなブログ

タルイのブログです

憂鬱とおしゃべり 1

自然と人工の二項対立は作りやすいけれど、例えば自然が持っている「世界の秘密」みたいなものがあるとして、それが全ての事柄を然るべきかたちで動かしているとしたら、人工的に作られたものも全て「世界の秘密」による然るべき理であるわけだから、「人間が勝手に自然を壊してはいけない」という意見は本当に正しいと思う一方で、そうした考え方自体は「人間が自然の理から外れた超越的動物である」という人間を特異的なものとして認識していて非自然的である。

 

こんな話はよくある気がする。逆説的、という言葉で世間では片付けられるけれど、やっぱり高校生が連発する「逆に」には一定以上の真実さがあるように思う。考えると僕たち人間にできることと言ったら何かを変えれるとかそんな大層なことではなくて、いくらか自らの役割に自覚的になること、くらいだという気がしてくる。

 

でも逆に、人工と自然の対立などないのなら何処にだって「世界の秘密」はあって、ファンタジーは潜んでいて、僕のこのどうしようもなく億劫な気持ちの中にも、騒がしい花見客の中にも世界の秘密に迫るような何かがあって、表現をする側の人間というのは好奇心の赴くままにそれを物語として形作ることを自分の今世における役割とするわけけれど、結局のところ、自分の好奇心が向く先は決まっているから、今この死ぬほどつまらない現状は、世界の秘密があるかないか、とか、物語になるかどうか、とはまた別次元の問題で、只々、死ぬほど億劫でつまらないというだけなのだ。

明日から学校が始まるらしい。だから今日は中途半端な気持ちの中で浮いているのかもしれない。また日常が生まれる。その中で忙しなく動きながら目の前の一歩だけを信じる、的なめちゃくちゃサクセスなストーリーを歩む気持ちになりながら自己啓発本みたいな毎日を過ごして行くのかと思う。

何処かに行きたいけれど何処かわからないし、家を出ても家に帰りたいと思うだけ。精力的になっていた自分のことも思い出すけれど今はただ眠くなるまでを待つばかりで早く明日が訪れないか、明日がそして早く過ぎないかとそればかりを思う。

全ての気持ちが文字になって落ち着く。だからまだニキビが治らないのだと思う。まだそんなような時期なのだろう。