博士とロボットの話

 おじいちゃんが一人分のお皿を持ってくる。ミートパイの香りが鼻の先を敏感にさせた。昼にとった子ジカだ。子ジカはミートパイが一番、らしい!

 ミートパイに手を付ける前に、僕の背中を開けたおじいちゃんはゆっくりと、液体を中へ入れていく。

 身体中の歯車がギギギってセットし直された感じがする。いつも気持ちがすごくいい。

 僕の食事を終わらせてから、「いただきます」と丁寧にしわを合わせるおじいちゃん。ヒゲに隠れて口がよく見えない。

 

 おじいちゃんはふと、僕にこんな質問をした。

 例えばこの山の下には、お前の知らない世界が、幾千とあるとする。それを知りたいか?

 おじいちゃんは何故か少し寂しそうな、よくわからない表情をしていた。表情なんてヒゲで分からないから、僕の気のせいだった気もするけれど。

 優しいおじいちゃんの目が、僕を静かに見つめている。

 

 思えば、今日はすごく、変な気分のする日だった。

 ちょうちょが森の中を飛んでいた。いつもは元気だなぁ!と見送るところ、今日は、どこから飛んできたのか気になった。

 後を追っていくと、そこには花畑があって、なにから花が生えてるのか気になり始めた。

 そして指を泥だらけにして掘り起こした土。立ち上がって前を向いたら目の下に街が広がっていて…

 

 優しいおじいちゃんの目が、僕を静かに見つめている。

「おじいちゃん僕、知りたい」

 なにか、知りたい。なんでも、知りたい。

 おじいちゃんのシワだらけの目尻に、うっすら水が溜まっていた。目を洗っていたのかな。震える両手が僕のほおに伸びてくる。子ジカのミートパイの味がイマイチだったのかな。

「…◯◯◯」

 おじいちゃんの口が動く。自分の名前を呼ばれた。初めて自分の名前を呼ばれた。初めてのはずなのに、何故かすぐに自分の名前だとわかった。

 よほど目を洗ったのか、どんどん水が溜まっていく。それがついにヒゲに向かって流れていく。両手が優しく頬を撫でる。それが涙だということを、僕はまだ知らなかった。

 どんな涙だということも、僕はまだ知らなかった。