フクラム国

タルイのブログです

飯倉さん

 飯倉さんは買い物をしている。昨日テレビで春物の野菜の見分け方をやっていたものだから、飯倉さんは得意気にキャベツを手にとってあれやこれやと吟味する。しかし正直なところ、軽い方が美味しいのか重い方が美味しいのか忘れてしまっていた飯倉さんは、とりあえず比べてみているのだ。ふむふむ、こっちの方がちょっと重いな。なるほど、あ、でもそれならこっちの方が重いぞ…、、、

 「買って買って」とお母さんに何かをせがんでいる小さなこどもの声がする。「買って買ってー」こどもはせがむ。もうそれがなきゃ死んじゃうよ、と言うくらい、全力でせがむ。飯倉さんはぼんやりと、彼のせがんでいるそれが「ごはんですよ」だったら良いなぁと思う。「ごはんですよ買ってぇー」「だめ、おかず食べなくなっちゃうんだから」「ごはんですよぉぉ」彼がスーパーの中央で泣き叫ぶのだ。「ごはんですよぉぉぉ、ごはんですよぉぉ」そしたら可愛いだろうな、と飯倉さんは思う。彼ひとりが輝くステージだ。そしてスーパーにいた全ての人が「ごはんですよ」をひさしぶりに食べたくなるのだろう。

 

 飯倉さんは家に帰る途中で高校生たちとすれ違う。みんなどこかが新しくて、輝いていて、沢山の力にあふれている。

「キュンってきちゃう言葉しりとりしよー」女の子二人が騒いでいる。なかなか高度なしりとりだと思って、飯倉さんは思わず考えてしまう。

 ふと気がつくと、飯倉さんは自分だけが随分とゆっくり街を歩いていることに気づく。一番重い春キャベツを買ったからかもしれないし、ごはんですよとキュンってくる言葉のことで頭がいっぱいだからかもしれない。

 今日は自転車の音がきちんと聞こえる。

 飯倉さんは少しだけいい気分になる。