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L'après-midi d'un faune

タルイのブログです

その先の角を曲がって

 さち子は毎日改札口隣の鳥居をくぐる。なんでも神様が祀られているらしい。さち子はぼうっとその場に立ちすくむと目を閉じて大きく息をする。僕はそれを外から見ることもなくみている。まるでこの駅は面白いものばかりでとても君には構っていられないよとでも言うかのように、遠くの方に意識をさらわれているようにして、彼女の動きに関心があることを悟られないようにしながら。
 さち子は息を吸って神様の気配を感じとっているように見える。それはまるで、周囲の建物に圧迫されて居場所をなくした神様と地球最後の約束を交わしているみたいだ。
「いこ」さち子は気付いた頃に鳥居の向こうから帰ってくる。「うん」僕の声は誰と話している時よりも静かで、忙しない時計の流れは何処かへ消えてしまっている。しかしそれはどことなく心地良い。

 公園の横をゆっくりと歩いていると、前方に高いビルが立ち現れる。ビルの前で二手に別れる道筋は、右に行くと学校につき、左へ行くと、当たり前のように学校から遠ざかる。別れ道にはそれが当然であるかのようにミニストップが構えている。
「ビルが倒れてきたらどうしよう」さち子が呟くので
「ベランダの窪みになんとか隠れるしかないかもしれない」とどうでもいいような答えを返す。
「ほら、あの7階の2つ目のベランダとか、あそこらへんに、どうにかして」彼女はぼうっとビルを眺めている。僕もぼうっとビルを眺める。今にも倒れてきそうなそのビルは、背後に透明な青空を従えて、いつもより随分と色付いて見える。
 さち子はビルを見ながら覚束ない足元で、上下左右に少しずつ動く。どうやら窪みにはまる場所を探しているらしい。
 僕は笑う。「遅刻してしまうよ」と言う。
「そうね」そう言うと突然と大きめのステップで勢いよく駆け出す彼女の後ろに置いてかれないようについていく。随分と世界が色付いて見える。世界は白と黒の間にある僕の知らなかった色をまとっている。さち子がみている世界が僕の少しばかり単調な世界に透明な色彩を載せていき、みたこともない色が世界を二段階不安定にさせる。
 ミニストップの前で少しばかり立ち止まって、学校とは反対側へ向かう道筋を見遣る。世界がカラフルで、不安定で、可能性に満ちている。もしかしたらその先の角を曲がってみれば、知らない場所へ続いているのかもしれない。僕はさち子と一緒なら、何処へだって行けるかもしれない。

 けれど、気づくとさち子は学校へ向かう道に進んでいる。慌ててはぐれないようについていく。僕らは今日もそんな風にして、日常が怠惰に構える学校へと向かう。