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L'après-midi d'un faune

タルイのブログです

ゆっくりとおやすみをとなえる

 僕の世界で見ている「赤」と、他の誰かが見ている「赤」が違う色かもしれない。子供の頃に、そう考えたことがあった。

 でもすぐに気がついた。それを証明する手段などないのだ。例えば僕にとっての「赤」が誰かの目には「青」に見えているとして、その違いを僕らは多分、眼球を取り替える以外に、生涯わかりあうことができない。「赤」はあったかい色で、トマトの色です。とその誰か(多崎君とする)に伝えたとして、多崎君にとっては、僕が見ている青色こそがあったかい色でトマトの色なのだ。少し、ややこしいけれど、眼球を取り替えてみれば、今まで赤いと思っていた窓の外の夕焼けは多崎君にとっての青色で、この木の机は黄ばんだ白色で、そして透明な窓ガラスは薄い桃色をしているのかもしれない。

 

 大学に入ってからずっと、自分の強みというものを探し続けていた。何かを得意にならなければならないと、ずっと思っていた。どんな性格でもいいから、「僕はこんな風な人間なんだ」と言い切れるようなものを身に纏わなければ個性のない人間になってしまうと、取り柄のない人間になってしまうと、そう思っていた。

 けれど、恐らく、頑張ることなんて、ないのだ。自分には何にもないと、自分が透明であることを許してもいいのだ。何故なら、僕の世界にとっての「透明」が、他の誰かにとっての「透明」だとは、限らないのだから。もしかしたら、案外綺麗な桃色をしているのかもしれないのだから。

 

 何かを得意になろうとしても、得意になろうと頑張った分だけわからなくなっていく。でもそんな惨めな姿も自分で、頑張って無理をしている不器用なところも自分で。

 全ての過去の僕が僕で、そして今の僕も僕ならば、果たして明日の僕は、どんな僕なのだろう。

 

 不確かで、不安で、それでも、少しだけ楽しみな明日に向けて、ゆっくりとおやすみをとなえる。