Section6 追い風 決意 小旅行(1)

 張り詰めた空気がリハーサルを覆って、私たちは静かに最後の確認をする。

「緊張してるのか」

「ああ。悪いか」

「いや、俺もだ。ミズキちゃんは」

「うん。してる」

「なあ、」リーダーの声がする。

「もう、大丈夫だ。大丈夫だ。うまくいく。見せてやろう。早く舞台に立ちたくてたまらない。こんなにも、すれすれで生きているような感触を、味わったことがない」

 すれすれで生きている感触。違う唇が放つ言葉が、面白いくらいにとてもよくわかった。何かを叫ぶために、ありったけの崖っぷちに立つ。私たちはそんな風にして、今日の場に望んでいるという、確かな実感があった。

 

 舞台に立つ。マイクには私の声が入る。深海から這い出した先の、貴方と私しか知らない秘境で、張り詰める緊張の中で、私はやっと、誰かのためだけに、声を、仕草を、可愛さと価値の全てを浪費することになる。

 人生の中で決して負けてはいけない勝負というのは、おそらく幾度か訪れる。受験とか就活とかそういうのじゃなくて、もっと大切な、この亀裂さえ飛べれば、私は遥か先へいける、というような勝負。私は多分これからも、そんな機会が訪れる度に周囲を置いていくほど没頭するのだろう。もう自分の影すらどこに置いてきたか忘れてしまったみたいに、日夜問わず自分を走らせていくのだろう。もし今日の日で、何か変われたのなら。

 背後からは骨を震わせる打撃音が、煽るように私をのみこんで、包むように私を後押しして、さあ、伝えろという。疑うまでもなく、今日こそが戦いの日だ。間違いなく、人生そのものを決めるような一日だ。さあ、伝えろと、私の中の何かが言う。多少力んだけれど、マイクに第一声は伝わって、秘境には私の声色が流れた。

 

 何かを伝えるって行為は、多分、いつだって競争だ。

競う相手の姿は確かに見える。あえて名付けるなら常識だとか、運命とか、世間とか、現実とか、そういったものだろう。その姿は未だきちんと私の後ろにあって、私はそれを横目で見ながら、「この調子だ」と地面を蹴る足に加速せよ、加速せよ、加速せよと命じて、しっかりと地を捉えていく。爽快な気分で駆け抜けていく。生きる意味を歌っていく。勝敗はまだ先だけど、このスピードからして君まで難なく届きそうだ。少しも速度は抑えられなくなっている。もう止まらない。羽が生えたみたいだ。

 何よりも速く。飛ばしていく。そうしないと届かないものがある筈だ。

 

 しかし、ふと、競争していた何かは灰色に姿を変えて、影となって、死となって、終わりとなって背後に接近する。背中を捉えようとする。偽りの羽がベリベリと剥がれて、命が裸になっていく。肉体は疲労を訴えて、それをあざ笑うように、影は両足に絡みつくようにして、無防備な自分の心をあっという間に諦めに染めていく。

 そうやって絡みつく諦観には、もう何度も殺されてきた。諦めろと何か巨大なものが言う時には、これは世界の運命が決めたことだからと、許容と共に従順してきた。自分の定めと共に生きようと、気持ちに折り合いをつけて、自らを納得させてきた。

 さあ、そんな自分にもこんな今日が来た。ねえ、常識だとか運命だとか。私は今日ばかりは、貴方と共に死んでもいいとさえ思えるのです。貴方達が「そんな風にはどうせ生きられない」と決めつけ、設定した限界のもたらす痛みを、「生きているって実感するなぁ」と、笑いながら享受できるのです。もう良い。この場で死ねというのなら、命の重みを理解して尚死んでやる。あの世までこの、美しかった4分間を持っていってやる。と、無神経にも叫べるのです。

 

 何故なら、私には聞こえている。貴方にも聞こえているはずだ。背後から泣き喚くような旋律が、「行けよ、行けよ」と吼えているのが。笑いながら、「かましてやれ」と叫ぶのが。私に全てを託しながら、君と一緒にこの瞬間を生きてやると、純粋な心で誓っている輩の声が。この舞台には私だけじゃなくて、三人がいて、彼らがある時は冷静に、ある時は微笑みながら支えてくれる一瞬間に、私は心から、もう死んでもいいから誰かに届けたいと、思ってしまっているのだ。

 今私の頬に何かが流れるとして、それは肉体に侵食する灰色の苦悶でも、ベリベリと露わになる命への恥辱でもなく、ただ、私以外の誰かと何かを伝えることへの感謝だ。これは、私の深海から溢れる感謝の粒だ。

 

 嗚呼、気付けば今この瞬間、今迄狂おしいくらいに願っていた、心の何処かで来ないものと諦めていた、一陣の追い風がふいている。強く、強くふいている。この、奇跡のような一瞬間に縋るように歌おう。今だけでいい。誰よりも強く、誰よりも速く燃え盛る力が欲しいと、裸の心で願おう。

 

 目を開ければそこには、苦しく抉られた体の一部分が転がっていて、それでも一瞬間たどり着いた頂上を、絶え間ない苦しみの中で誇る私がいる。自分の中の最も深い部分を、初めて許す自分がいる。こんな私でいてくれて良かったと歌う、子供のような泣き顔の自分がいる。

 社会も、従順も、軽蔑も、全ての上にたってただ必死に、大きく赤い旗を振って「生きろ」と叫ぶ私がいる。

 

 音楽が終わると客が拍手している姿だけがやけに尊い光景として映った。

 伝えるとは、きっと、こういうことなんだ。

 背後に迫る何かとの戦いの果てに、何か大切なものを抉られながら、それでも大声で歌うという、決意の形なんだ。

 

 今なら、今だけなら、私はあの曲を、歌い切れると思う。

 私は後ろの三人に微笑んだ。「やれ、やっちゃえミズキ」と笑いながら口元が動いている。

 うん。私はお前らが大好きだ。

 私のどんな事よりも世界に伝えたいメッセージを、私の声で、伝えよう。

 

 

 「最後の曲です。来てくれてありがとう。」

 

 『ありあまる富

 

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