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Here Comes The Sun and I Say

タルイのブログです

Section4 塾 嘘 深海の富(2)

海と夜がつながる場所で

2.

 海星先生の話を、どんな人生を送ってきたら、こんなことを怖がらず言えるのだろうと、変な驚きをもって聞いていた。しかし少し経って、もしかしたら自分が唯臆病で怖がりだっただけなのかもしれないと、直ぐに恥ずかしくなったりもして。

 生きていて良かった、という言葉は、多分私の利用してきた可愛さと対極にあって、それは多分、最も内側にある自分の富を認めることだ。

 椎名林檎の声が、今日ばかりはよく染みる。伝えるってなんだ、可愛いってどんな風に使うのが正しいんだ、生きているってなんだ。死んで何が悪い。様々な問いかけは億劫で、「でも可愛くしていけばいい」「器用に生きればいい」と、とりあえずの解決策に逃げてきてはいないだろうか。

 それは生き方として多分、何も間違いではないし、私は一人深海に閉じこもって、そんな死やらなんちゃらと、自分の中で共存していればそれで良かったのだ。表には何も出さないままで、それで良かったんだ。

 でも、伝えるってなんだ。伝えるという行為は「嘘だ」と彼は言った。「誰かが、生きていて良かったかもしれない、という嘘を、伝える必要がある」と彼は言った。

 私の歌は何を伝えているのだろう。耳元で流れる椎名林檎の声が、なんで今日ばかりはこんなにも、肌をざわつかせるのだろう。私はこの『ありあまる富』という曲に、幾度救われたかわからない。幾度ギターを弾いたかわからないし、幾度涙を流したかわからないけれど、それでも今日はなにか、同じ伝える側の人間として、この曲が耳に入ってくる。その感覚は余りにも直接的だ。

 富とは、価値とは、決してあんな学校で見つかるものではない。「いいね」の先にあるものではない。伝えるとはこんなにも、力強く、人間的で、恥辱まみれな行為なのか。

 もしかしたら次のライブは、人間として生きる私のこれからを指し示す、至極大切なものになるのかもしれない。