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タルイのはてなブログ

タルイのブログです

Portal 7-3 スワン

湖の中に飛び込むと、衣服と肌の間を真っ黒な液体が満たした。足は無事に底につき、私は幾らか安心して、近づいてくる彼を、両手を伸ばして出迎える。

 

「リリー」笑った彼の顔には焼け痕が血をにじませていた。私の肌の同じ部分もチクチクと痛み、彼のここまでくる間に受けた諸々の苦難が、揺蕩う水に乗せられて、僅かに届いたように感ぜられた。

「寂しくはなかったよ」彼に応えるように、私も笑う。

「僕も、寂しくはなかった。」

 

無秩序な流星群は、私たちを最後に残して、世界を沈没させようとしていた。火の手はやがてこの湖にも届くのだろう。この世界はもう、消えていくのだ。

途端に猛烈な落ち着きが、空間をぼんやりと覆った。私たちと外界の間には薄い膜のようなものが生まれ、木々の燃える轟音も、湖の冷たさも、全てが勢いをごまかされていた。

 

呑気な声でイワンが歌っている。

「もう、今はおどけて歌おうよ」

それは諦観とは明らかに違う、もっと肯定的な許容。

「うん」

唇から旋律を注ぎながら、私たちは、あの日河川敷で重ねた色や形を思い出す。あの日もこんな風に、彼は私を先導して、一人歩きする心のありかを示してくれた。

彼が呑気に歌うメロディーは、私の世界と共通の文法を持っていて、当たり前のように、私は彼のメロディーを受け継ぎ、紡ぐことができた。

徐々に火の粉が迫ってくる。湖は炎で煌々と輝いた。

私たちは、天の川に佇む人類最後の子供だった。

 

「受け入れたくもない、認めたくもない。仕方がないというセリフで片付けたくもない。大人になるくらいなら」イワンは今日ばかりは、ずっと笑っている。心の底から、温めていた感情が流れている。

「こんな美しい世界の終わりの中で、誰よりも笑っていたいと思う。」

イワンはゴルゴダの丘を見ている。あの頃と同じ目を、輝かせている。

 

「続きを歌おうよ」

私の言葉に「よしきた」とはしゃぐ彼を眺める目頭が僅かに熱を帯びて、ぼやける視線には言いようのない痛みがこもった。胸を中心に広がる苦しさは全ての器官を心臓に縛り付けるように私を緊縛するけれど、私は無理にでも口を開き、はっきりとした視界の中で、死ぬ前に君に会えて良かったと、伝えたくて堪らなかった。

 君のことが好きだったと、伝えたくて堪らなかった。

 

やがて木々が倒れると、星の降る街は完全に世界から、まるでなかったかのように忘れ去られ、そしていつもと変わらない、僕の街の朝が訪れる……。