Portal 5-2くじらの骨

 さようなら、というのは、いざその時になってみると、殊の外怖かった。例えば二度と会えないとしたら、なんてことを考えると、多分今が一番大きな、けれどいつまでも続くんじゃないかと考えてしまうような痛みを、内側の方にふつふつと感じた。

「人がいないね」

「うん」

無人列車だった。敵意に似た何かを、どこに向けたらいいのかもわからずに、銀色の列車をおもむろに睨んで見たのだけれど、それは言いようのないほど輝いていて、まるで星を集めたかのようで。

 

「星」。その言葉がいつも、あの夜を連れてくる。

 

ゴルゴダの丘のこと、覚えてる?」

彼女は今日初めての笑みを見せる。髪の香りがほのかに舞い届く。

「うん。楽しかったなあ」

「うん。」

 

「寝てたよね」悪戯っぽい笑みを浮かべる彼女に

 

「え?ああ、うん、そういえばそうだった」僕は素直に照れてしまう。

「あ、でもフラニーも寝てたよ」

「そうだっけ?」

「うん。リリーの膝の上で」

「…ああ、うん。そうだった。」

「でしょう?」

「うん。…楽しかったなあ」

「……そうだね」

 

 

……

 

「これ、あげる」

 

ラニーはぎゅっと握った手を僕の方へ向けて、ゆっくりと開いた。

「え、ありがとう」

 

僕はあの日彼女にもらった

 

「うん。ヘンリーが、持ってて」

 

白くて小さな、くじらの骨を

 

「わかった。大切にするよ」

 

時折憎むことがある。

 

まるで思い出の鍵みたいに

いつだってそれは、僕を憂鬱に引き戻すんだ。

 

「じゃ、またね」

微笑むえくぼ

「……うん、また」

うまく声の出ない声帯のつまり

 

「じゃ、さようなら」

もどかしい感情の焦り

「うん。」

 

不自然なくらいあっさりと

僕らの関係は溶けてしまって。

言葉に詰まるよりも前に、手の届くくらいに遠い列車の中に

がちゃん。

吸い込まれるように、彼女は消えていった。

 

君にとっての僕と、僕にとっての君は、どこまでも不釣り合いだ。

 

遠くの朝日は仕組まれたような輝きとともに、列車をきらめきの中に溶かしていった。

デクレッシェンドしていく線路の揺れる音が、これでもかというくらい、思い出をかき乱しては、不恰好な涙へ変えていく。

さようなら、というのは、いざその時になってみると、殊の外怖かった。

そして僕はまだ、言えないままでいる。

 

それでも僕は、何事もなかったように登りゆくあの朝日のことを、いつまでも忘れることはできない。

 

 自分の存在を上回るような一時の恋慕なんて

 向けられた人にとっては、至極迷惑なのかもしれない

 夏が過ぎて、冬になり、また次の季節が始まる前に

 

 君はこの街を、去ってしまったのだから

 

(了)