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タルイのはてなブログ

タルイのブログです

Portal 4-1 Swimming

1.

 開け放している窓から蝉の声はうるさすぎる程に聞こえ、日差しは僕たちの放課後を照らし、制服を映し、いくらか眩しがらせもした。強烈に僕らを刺激する太陽は、僕らを室内に閉じ込めるようであったけれど、そんな仕打ちに却って心地よさを感じてもいた。

「海に行こう」イワンのふとしたような提案は、どこかで誰もが待ちわびていたようでもあって。

「さんせい!」フラニーが続いて、

「うん」と沈み気味のリリーも目を内側で輝かせた。

イワンは僕の方を向いた。何か「これでいいか?」という許しを乞うようでもあり、「これで正しいのか?」と問いかけるようでもあり。

「おう」僕はまるでつぶやくように答えた。

 例えば世間で言う通り、僕らが「段々と大人になっていく」のだとするならば、そして大人になるにつれて「出会いも別れも当たり前のように訪れる」、という話に耳を傾けるとすれば、この夏は間違いなく、僕らにとって最後の夏だった。僕らはヒューイの失踪を未だに何処かで物悲しく思っていたし、先日のリリーの言葉は重々しい曇天となって脳内をどんよりとさせていた。そして大人になるなんて、心の底から醜いことだと、そう、思っていた。

 

2.

「学校をやめます」リリーがはにかんで言ったのは6月の中頃だ。梅雨が作り出す重苦しさの中でその笑顔は色づいて見えたけれど、それは皮肉な花だった。

「街のはずれに湖があるじゃない?…」彼女は話し始める。街外れの湖畔にある施設に通うになったことや、学校に昔から感じている違和感のこと、もうすぐ自分が死ぬという、そんな気がするということ。…

 恐らくきちんと話す言葉をまとめてきたのだろう。長々と一人でしゃべっている彼女を見るのは初めてのことだったし、彼女にしては珍しく、よく順序立てされた話し方をしていた。しかしたとえ理路整然としているにしても、彼女の言葉はあまりに裸で、笑った顔から呟かれる其れ等は共感や思いやりの先にある、悲痛なまでの苦しみの共有を、どこかしらの空間で求めているようでもあった。勿論それはいくらか自分勝手な感情だけれど、隣で淡々と彼女の声を聞くイワンの顔には間違いなくそれが感じられた。薄く噛んだ唇の白さがそれを物語る。フラニーはすでに知っている風でもあったけれど、隠すことなく目を潤ませる彼女は、涙目が誰にも悟られていないものだと信じて精一杯の顔を見せる彼女の素振りは、見続けるには痛みを持ちすぎていた。

 

 フラニーは明るく見せるのが下手な少女で、いつだって、目の奥にはどうしようもない孤独をひっそりと輝かせていた。最も、そんな風に彼女を認めたのはあのゴルゴダの丘で星の降った日の後のことで、いくらか意識的に彼女を認めるようになった僕は、クラスメイトと笑って話をしている彼女よりも、どうしたって一人で本を読んでいたり、ぼうっと窓を眺めている姿を印象に残した。そして彼女の中にある何かが浮かび上がっているようなそんな彼女を見られるのは、一人でいるときのことを別にすれば、リリーと一緒に笑っているときだけだった。

 リリーとフラニーは二人で何をするという事もなく、ただ空間を共有する。もちろん二人で笑いあっている姿も何度か認めたけれど、お互いが別々の本を読んでいる事もあったし、ただ空を見ているフラニーを気にもせずに、クロッキー帳に向かうリリーの姿を見かける事もあった。ただ、笑いあっている彼女たちの笑顔も、その微笑ましい空間に溶け込んでしまうような温かみを帯びているものではなく、どちらかというと孤独な影を裏側に孕んでいて、そういう意味では彼女たちは、世間でいう「友達」なんてものには、全く落ち着いていないのだと感じた。

 「友達」だとか、「努力」だとか、「大好き」だとか、そういった言葉をたくさんの人間たちが無神経に使っているけれど、そんな風にして僕らの世界を表面的なものになり下げるならば、単純な区分けに収めようとするならば、単一な基準で相対的な判断を下していくというのならば、大人になど絶対になりたくはないと、そんな風に思うのだ。「偉い」だとか、「優れている」だとか、「真面目」だとか、昼間の学校の中にはそんな言葉たちが、目に見える行動に準じて軽々しく使われていく。少なくともそんな世界の中では、リリーも、フラニーも、イワンも、ただの落ちこぼれとして認識されるし(リリーは勿論、フラニーも、勉強面はその天然っぷりを惜しげもなく発揮した)、もし彼らに、自分たちの持っている定規で判断することの出来ない特色を見出そうものなら、すぐさま「ちょっと変わってる人」という称号が与えられるのだった。まるで自分だけの世界なんてどこにもないのだと言わんばかりに。学校という隔離された空間は確かにユートピア性を持ってはいるのだけれど、平生はそんな風にして、現実と根強く繋がった大人みたいな少年たちが表面的で単純な世界を作り出していた。

 放課後、教室からはよくできた制汗剤の臭いが徐々に消えていき、学校は現実との繋がりをやめていく。フラニーもリリーも、よく教室の片隅の方に残っていて、まるであの日みたいに、僕らは教室そのものを極端に閉じた居場所として、自分だけの居場所を確保するのであった。

 

(続)