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タルイのはてなブログ

タルイのブログです

Portal 1-7 さよならフロンティア

 そして僕らは黙り込んで、薄暗くなった空を、バスにもたれかかるようにして見つめた。藍色の空に数々の星が、まるで雪を待っているかのように暖かく輝いていて、眼下に広がる大海は、落ち行く夕日を、最期の一滴まで自分のものにしようと企んでいるようであり、向日葵は露を垂らして、ほのかに、きらきらと僕らに向けて反射した。「夜まで待とう」と呟いたイワンのその声は、まるで戦を控えているように緊張感を持っていて、この瞬間の崩れ落ちそうな世界の煌めきを、丁寧に享受しているようだった。
 フラニーは、時々手を掲げるようにして、頭上の星へ手を伸ばす。多分届くと思っているわけでもないし、とどいて欲しくもないのだろう。しかしなんにせよ、つい先月に海の向こうから転校してきた彼女は、いつも俯きがちで、そんな風に上を向いていたのは初めてだったから、その頰に一筋の滴が流れるのを見ても、僕は必要以上に驚いたりせずに済んだ。もしかしたら、彼女もまた、僕と同じようなことを思っていたのかもしれない。
 リリーは運転席に入ると、体育館座りをするようにして膝にクロッキー帳を置き、絵を描き始めた。描き出しがうまく決まらないようで、随分と思案顔をしたのちに、その顔のままゆっくりと鉛筆を動かし始めた。ただことあるごとにペンを休め、ぼうっと空を眺めて、ふんわりとした笑みを浮かべていた。もしかしたら、彼女もまた。
 イワンは僕の隣に来て、黙って陽の落ちていく様を眺めていた。無感情のふりをしながら、ただもう見慣れている光景ともいうかのように。
 西風はあまりに頰に暖かく靡いて、この世界から、優しさ以外の一切が抜け落ちているようだった。彼ら三人の中には、果てしなく個人的な時間が流れていて、それを交わらせようだとか、理解してもらおうだとか、そんなことは一切思わないながら、14歳にしてはいくらか早すぎる諦観の果てに、今日というきっかけが一つの交点を作りだした。幾千の座標がこんな風にして、様々な条件をまといながら、一つの座標を作り、ほんの少しだけ、いつもいる場所とは違うどこかへ連れていく。おそらく幾らか客観的にそれを捉えることのできるのは僕だけで、それは僕が、彼らよりも幾分と性質の違った場所にいることを示していた。僕は彼らとは違い、言うなれば、彼らを、イワンを、こういった場所へ連れて来たかっただけなのかもしれなかった。
 
 もしかしたら今が、一番幸せかもしれない
 
 という感慨が、僕を静かに襲っていた。おそらく、この世界にそれは充満していて、フラニーの涙の訳も、リリーの微笑みの訳も、イワンの横顔の訳も、およそそれに近いものではないのか、と感じた。
 
9.
「帰ろう」そうイワンが言ったのはもう少し後のことで、その声は、まるで現実のような諦観を携えていた。
 背後には流星群が、遠くの方へ落ちていく。街は人工的な明るさを見せながら、僕らを拒んでいるようにも見えた。しかし僕らは帰らなくてはならず、毎日は、明日も続いていくらしかった。
「またどこかで」イワンが言った。
 
 あの形のない結晶のような一夜は、そう、確かこんな風だった。
 
(終)