Portal 1-1 さよならフロンティア

0.
 いつか行ったことがあるような自販機一つない小さな駅から、もう二駅ほど先に進んでみよう。恐らく見知らぬ街を通り越した瞬間に、昨日までの日常が懐かしくもあり、また恋しくもなるだろう。しかし同時に、はるか昔から忘れてきた心のある部分の心拍数を、激しく感じるようになるはずだ。もう空は暗くなってきたことだし、暖かい家に帰るのももちろん構わない。大概の人はそうするだろう。いや、もしかしたら多くの人は電車に乗って知らない街へ行こうとすることすらないのかもしれない。少なくとも今まで出会った人間の殆どはそんなことをしたことがないようだったし、また彼らにとって日常から逃避するその行為は、ひどく矮小な、時間の無駄として捉えられているようだった。ただ僕の人生はまだ始まって間もないし、はっきりとしたことは言えないのだけれど。さあ、ゆっくりと各駅電車が来るのを待とう。決して速くない速度で、三〇分が四〇分かそれくらい後に、控えめな電車がカタコトとやってくるのを待とう。待ち時間には音楽を聴いてもいいし、ぼうっと思索にふけってもいい。多分僕は、読みかけの本を読むのだろう。
 小さな駅の二駅向こうには、少し栄えた、少しだけ大きな駅がある。そのキャパシティに不釣り合いな人間の疎さは、居心地の良さと、ほんの少しの不可思議さをあたえてくれた。駅から降りた僕は乗り替えを行う。なんでも海上を走る電車があるらしい。目的も何も、大概のものはすでに置いてきてしまっている僕には、ずっしりとしたものは何にもなくて、だからこそ、何も怖くはなく、どこへだって行けるような気がした。電車はそれがまるで当たり前とでもいうかのように、スイスイと海の上を過ぎていく。静かに座って、なぜか、ここまでくれば大丈夫だろうと、そこで僕は、底知れぬ安心感を得る。カタコトと時間を積み重ねる電車が眠気をしっとりと沈ませるから、僕は仕方なく、終点までウトウトと、少しだけ休憩をする。
 
 そしてふと気づいた時には、決まって、或る街にたどり着く。
 
1.
 「もういいよ。どうでも」
  14歳の頃から、イワンはいつもそんな風だった。人生の道程を悟っているようで、世界それ自体を俯瞰して行為を選択しているようで、どれだけの事をしても、辿り着く場所は分かっているから何の驚きもないというような、一生への諦観を常に携えていた。彼のその、何をするにも一定以上に感情的になる事はなく(少なくとも僕の前ではそうだった)、淡々と毎日をやり過ごしているといった認識がぴったりとはまるような、単純に「大人びた」という言葉で形容するにはあまりあるほどの落ち着きを持っている所を好ましく思いながら、同時に僕は、そこになんらかの正しさめいたものを感じてもいて、他の人類にはない魅力的なアウラを、通奏低音のように、常に彼から聴き取っていた。
 一方で14歳の僕の前には、未だ茫漠とした道程が、緩やかな角度を持って立ちはだかり、先行きの見えない不安は背筋をざらざらと舐め、青春を携えた集団へ迎合する事を促しているようだった。明日自分が何をしているのかさえ、確かな事は分からなくて、しかしだからと言って今日を大切に明日へ繋げようというような建設的な意識を強く持ち続けられるわけでもなかった14歳の青年は、ただ少しずつ前に進むことだけを目論む、破滅的なまでに健康を維持してしまう少年で、僕はそんな自分に時折心底嫌になることがあったりもしたけれど、しかし基本的には、是とも非とも思わない毎日を過ごしていった。
 意外と綺麗に集団へ溶け込むことの出来た僕は、その度に、イワンは今の僕をどんな風にして観ているのかと不安がった。彼は僕と同じように集団の中で息をしていることも多かったが、然し確固たる重心を携え、自らの歩幅をミリ単位でも変えることを確かに拒否しているように見えた。
 そして、僕とイワンは仲が良かった。これだけは昔から変わらないものと思える。「歩こう」と言うと、比較的素直に、彼は、「はい」といたずらっぽく呟く。言葉数の少ない逍遥の中では、沈黙が、其処彼処に、当たり障りのない心地よさをもたらす。僕とイワンは、そのくらいには確かな関係を築いていた。(続)