平野啓一郎『マチネの終わりに』

 この僅かな人生の中で、どうしようもなく重要な出来事が幾つかあり、何を考えるにしても、何を表現するにしても、往々にしてその過去が思索の最中に絡まってくる。恐らく幾らか美的に変化を見せている思い出の、元あった姿から目を背けるように、忘却が削ぎ落とした現実的な苦労をないものにして、思考を発展させていく。

 表現も無論、同様である。向かいたい表現形態はいつも過去の積み重ねの中で反復されながら、わずかな変遷を見せる。忘却のせいだったり、そして時として、新たな出来事がどうしようもなく積み重なってしまうせいで、徐々に描きたいものは限定されていく。例えばこの読書体験のように。

 私はきっと折あるごとにこの本を読み返し、そして書評を書き、ゆっくりと、自らの血肉としていくのだろう。音楽と文学が、かくも美しく融和している小説を心に秘めながら、この時代のこの場所で、作家を目指す喜びをしみじみと感じるのだろう。