フクラム国

タルイのブログです

小高い丘

 少年は、まだ朧げな朝日に眩しさを感じながら、薄っすらと開けた目を頼りに、そろそろと部屋を脱出した。

 数十歩進めば、眠気は大気に混じってどこかへ飛んでしまう。少年は今日最後の欠伸をする。呑気な息もまたどこかへ行ってしまって、そして、清潔で新鮮な夜明けの香りだけが残った。

 少年は口ずさむ。何処かで聞いたような歌。夢の中で聞いたのかもしれない。それは瞼を閉じたその先に、頭の隅の方で展開されるほんの少しの妄想で、布団に潜り込んで作り上げては日が出ると見えなくなる幻の、忘れ物とでもいうべきものだった。少年はそのメロディを気に入った。自分にとって心地の良い速度で、素朴な旋律とともに、少年は家から離れていく。

 やがて小高い丘に着いた。朝日は半身をさらけ出していて、目に見える形となって草木を黄緑色に染めている。少年は腰を下ろす。もう朝が始まってしまった。幾らか悲しげに遠方を眺める。頭の隅にある王国が、歌だけを残して、完全に姿を消してしまった。

 毎日が、こんな風にして始まっていく。昨日もきっとそうだったし、明日も多分、こんな感じで、眩しさが世界を照らし、頭の隅の世界は消滅する。

 少年は思い出したように歌を歌った。夢の中で聞いたのかもしれないその歌を、決して忘れないように繰り返して歌った。その素朴な旋律が、朝日に暖かさを思い出させ、少年の世界を優しさで包んでいく。

 

 少年は、忘れそうになると絵にしてみたり、或いは言葉にしてみたりなんかして、歌を何度も反復した。年月が経るごとに、少しづつ、その作業は難しくなる一方だったが、頭の隅から聞こえる旋律は増えていった。また、決まって歌が聞こえてくるのは、太陽が昇りきる前に限られていた。少年の王国は幻のままで、そして相変わらず、眩しさによっていとも簡単に消滅してしまうのである。

 少年は今日も大人になるのを忘れたかのように、小高い丘で毎日の始まりを迎えながら、素朴なメロディを歌う。知らぬ間に少しずつ集めたメロディは構築され、そして誰かに届けるための形になっていく。

 頭の隅にある幻が、こうして世界へ紡がれる。優しさを包み込んで、大切な場所へ伝わっていく。

 そして少年には、帰るべき家がある。彼が作った優しさのすべては、結局多分、そこにあり、まただからこそ、彼は敢えて、逃げ込むように小高い丘に向かうのだ。

 明日も小高い丘から朝日が昇る。初めて見つけたその時とは少し変わってしまっているかもしれないメロディを、少年はきっと、明日もその場所で歌うことになる。多分彼の生きる意味というのは、そんな風に毎日を過ごしながら、優しさを紡いでいくことなのだ。

 最近は、少年もそれを、自覚し始めている。