フクラム国

タルイのブログです

いつかいつまでも

 私の中には円がある。酷く粗雑な循環がある。それは常に波打って、純粋な形をしばしば損なう。その度に私は本を閉じ、或いは人の輪から逃れるようにして、ぼうっと憂鬱の中を彷徨っては、不本意な乱れが収まるのを待つ。先に進むことはほとんどできずに、唯不安定な感情の海を簡潔にまとめようと思索しながら、毎日をやり過ごしていく。

 だから近頃は一人の時間が多くなった。それは何時も心のどこかで恐れながら、けれども望んでいたことで、いつか訪れるだろうと鑑みながら遠ざけていた毎日の姿である。唯一人で生きているということを、人との関わりの中で意識するのではなく、むしろ他人への表面的な無関心の中で手に入れようとする。静かで、素朴な毎日に簡素な挨拶を重ねていく。

 

 私には友人がいる。決して頻繁に話すわけでもなければ、苦楽を共にしたということもなく、少しの意味も持たない笑い話で、或いはただ共有する沈黙の中で、内側の円と円の高度なやりとりと、認め合いと、承認が行われる友人がいる。言葉足らずな彼らと私は、遥かに説明可能な場所を超えていく。お互い伝える言葉は、何一つ持っていない。けれど心地よい。お互いの円が静かに、その形を認めあっているのだ。

 友人が載っているリサイタルへ行った。私は震えた。紛れもなく、また一つ深い場所へ、彼の思索は向いていた。今日の日の彼の感慨や、今日の日に至るまでの日々を想うと、決して一人では味わえない数少ない感情が、私を音もなく捉えた。

 即ち、選択してきた毎日への、確かな感謝である。