短編『窓』

 よく窓を開けたくなる。眠りの浅い夜は、ほぼ確実と言っていいほどに、ほんの少しだけ、窓を開けてみる。冷たい風が入り込んで、代わりに、その隙間は室内の空気を外に排出していく。風がごちゃごちゃとした雰囲気が混ざった僕の部屋を、解き放ってくれるように思う。あまり開けすぎないのも重要だ。あくまで僕の空気感がその場の主導権を持っている状況で、しかしその閉塞された空間に、通気口を与える。途端に希望が満ちたような気がする。占領が密閉を生んで、安らぎが不安へと移り行く前に、ガラス窓の鍵を外すことにしている。

 大概心地が良くなって、肌に当たる微量の風に不思議な慰めを受けると、すぐに僕は眠ってしまう。次に目を冷めたときには部屋は随分と冷気を帯びていて、ここが自分の部屋だということをやもすると忘れてしまいそうになるほどに世界をそっけなく感じることになる。僕はメガネを取りに行くついでを装って、矢継ぎ早に窓の鍵を閉める。その場を僕のものにするのに、少し時間がかかる。

 

 ある夜、最近親しくなった女性と決して重要ではない、しかし必要な電話をしていた。それは多分これからのためであったり、また恐らくは孤独のためだったりした。話は途切れ途切れで、ある一定の間隔で沈黙を含んではいたものの、その静寂に緊張感がまるでないことが、返って居心地を悪くさせた。

 電話を切る。切った途端に内容が霧散する、そんな会話でありながら、しっかりと蓄積した眠気を愛でるために僕は目をつむった。しかしやけに眠気はある一定以上の領域に踏み込むことを恐れているみたいに僕への襲撃をためらっていたので、仕方なく、窓を開けに行った。

 少しの隙間と動かないように揺れているカーテンを眺めていると、少しずつ、目が閉じてきた。ちょうどそのときである。一瞬間の轟音とともに、ビュウンと風が舞い込んで、一瞬にして部屋の中を駆け巡ったと思うと、僕の枕元で吸い込むように、髪をさらおうとしたのだ。僕は驚きというよりむしろ、心の底から戦慄した。一瞬間にして室内のぬるさを奪い取った風は、まるで知らぬ土地に誘うかのように僕に降りかかり、そして僕の頭の上で勢いを殺した。感覚が察知した一連の現象におののきながら、それでも必死に意識を無意識に預けるようにして、僕は一夜を明かした。

 

 それからのことである。窓を開けると決まって、その強風は部屋に滑り込むと僕の頭上に落ち着いた。確かにそれは僕の頭上に止まった。至極感覚的なものだけれど、しかしそれは僕にとって、例えば世の中で事実だと言われている何かしらのものよりはずっと正しいことのように思えた。最初の頃こそ気にしていた豪風は、次第に窓を開けるという行為と一連のものとして結びつくようになっていき、またそんな風にして、僕の頭の内の、死についてだとか、愛についてとか、そういった思索の移行と時を重ねながら、季節もまた、知らぬ間に歩を進めていった。

 ただ、その中のどこか、僕が夢だと思っていたある日の出来事が、どうも最近、妙な鮮度を持って記憶の螺旋に身を埋めているのを見出したのだった。それはまるで現実にあったような繊細さを持ちながら、その繊細さゆえに返って幻だったような気持ちにさせ、それがかえってより真実味を帯びさせてもいた。

 「そこで何をしているんだい?」死について考えていた時かもしれない。そう、多分丁度死のような季節のことである。僕は枕元に鎮座する風に向かってそう尋ねた。風は意気揚々と「外は寂しいだろう?」と、それが人生で得た最後の答えであるかのように僕に言葉を返した。それがひどく嬉しかった。