フクラム国

タルイのブログです

幼子が揺らす金魚

 できるだけこの世界の座標軸から離れていたいと思う時間は往々にして訪れる。いやしかしその大半は、もしかしたら遡及的に擬えた記憶でしかないのかもしれない。「あの現実味のない夜のことを思い出す」なんて、そんな書き出しをしようものなら、逆説的に現実味を帯びてしまうような気がして(なぜなら年月による肉付けがなされているから)、だからこそ僕はただ静かに、できるだけ純粋に、単純に、感覚的なあの座標軸に対する強烈な郷愁を記すことに価値を感じている。いっぽうで、いつかそれが確かな質量と年月によって大きな物語になり、僕の日常世界を大きく侵略するものになる可能性を秘めていることに、かすかな、しかし確かな期待を孕みながら。

 

 あれは立川の夏祭りだった。僕は数人のクラスメイトと、ただ何をするわけでもなく、そこで夜を消費した。何を楽しみにするというわけでもなく、ただ笑って、幼子と、その小さな手が抱えているヨーヨーや金魚を追い越して、りんご飴を売る商売上手の親父や、お好み焼きを焼いている金髪のお姉さんを、まるで外国の市場に来たみたいに遠い目で眺めていた。誰も屋台に入るわけでもなく、何か目的があるわけでもなく、ただ、忘れたくない肌ざわりがそこにはあって。

 僕はお腹が空いていた。でも、屋台に入ってしまうと、そこが日常とつながっていること、学校からこの場所までが道路でつながっていることがわかってしまうような気がして、会場のはずれで、実のない話を積み重ねながら、ぼうっと風鈴の音を聞いていた。少し、胸がしまったのを覚えている。多分少しだけ意識したのだ。自分の中の少年が迎える、その終末のようなものを。