読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

タルイのはてなブログ

タルイのブログです

好き勝手ごちゃ混ぜオマージュ

 僕の町は人魚の町と呼ばれている。僕の生まれた頃からずっとこの町は人魚の町だったし、それは多分これからも変わらないだろう。全国的に見て、人魚の出る地区はあまり珍しくはないそうだが、この町ほどではないらしい。僕は生まれてから10年になるがまだこの町から出たことがないので、そこらへんのことは本で読んだ知識でしかないのだけれど。

 僕はそれなりの読書家だ。それなりの、とつけたのには理由がある。10歳ながらにしてたくさん本を読んでいる僕は、この世界はとても広くて、僕よりもずっとたくさんの本を読んでいる人がいるのを知っている。僕は偉い人の伝記をたまに読んだりする。その人たちと共通の日課を持っていたりすると嬉しくなるし、その逆もよくある。中には必死でまねしようとしたことも沢山あるけれど、10歳の少年にコーヒーはいささか苦すぎたし、砂糖を入れてまで飲むよりはおとなしくオレンジ・ジュースをぐいっと飲んだ方が気持ちがいいのである。「コーヒーの良さなんて、大学生くらいになってから分かれば良いさ」とお姉さんは言う。僕が「それはまだまだ先のことです」と答えると、お姉さんは「そうでもないよ、少年」と笑ってくれる。お姉さんは笑うと目がきゅっと細くなってかわいい。

 お姉さんは浜辺のカフェの店員さんだ。その喫茶店は僕の学校の帰り道にある。僕はよほどのことがない限り(よほどのこと、と言ったけれど、「雨」くらいしか思い浮かばないかもしれない)店の前にあるベンチに腰掛けて、ぼんやりと海を眺めながら考え事をしたり(多くの大人が子供は何も考えていない、というふうに思っているみたいだけど、子供だっていつでも考えることだらけだ)、本を読んだり、勉強をしたりする。少しすると決まってお姉さんが現れる。「お店は大丈夫なんですか」と僕が聞く。あまりにも毎回聞くのでお姉さんはうんざりする。最近はそのうんざりしている具合によってお姉さんの気分が分かるようになってきた。「見てごらんよ」お姉さんはよくこう言って店内を指差す。大きなガラス窓を通過していく光がさらさらと砂みたいにテーブルにかかっていて綺麗だ。お客さんは大抵一人だけで、それだとヒゲの店長だけで十分どうにかなるのであった。

 こうしてお姉さんが僕のそばにいていい権利が僕に認められると、お姉さんは横に座ってぼんやりとする。僕はこの時間が好きだ。遠くの方で人魚が顔を覗かせていたりする。陽の光が赤くなるくらいまで僕はそこにいて、ふとした時に席を立つ。「また明日、少年」お姉さんは言う。僕ははっきりと頷く。
(続く)