フクラム国

タルイのブログです

落書きを消したあの日のこと

 時折なんらかの作用によって記憶の断片が鮮明に蘇ると、まだ人生の入り口付近で逡巡している僕ですら、一種のほのかな懐古のぬくもりを感じることになる。もうあの放課後の匂いには、あの毎日には戻れないのだ。

 思い出とは不思議なもので、現象から感じた印象を元に現象を再構成するものだからか、いくらかのフィルターを通して、過剰に美しく、過剰に苦しい過去として彩られている。しかし不思議なことに、あの学校においてきた思い出は、どれも暖かい。

 明日寄ろうかな。司書の先生は、片方はやめてしまったと聞いているけれど、もう一方の、僕の「帰り道彼女にスムーズにコロッケを買ってやる練習」に付き合ってくれた素晴らしい方はまだいるはずだ。進路に悩む僕に長文メールを送ってきてくれた担任や、ハゲをいじりすぎて本当に怒らせてしまった国語教師や、お題とは全く違う文章を書き続けたにもかかわらずかわいがってくれた作文の先生や、たくさんの、僕の育て主に、会いに行こうかと思う。
 それからきっと思うのだ。あの頃の僕らがいかに毎日を全力で駆け抜けていたかを。もう少しで馬鹿騒ぎができなくなるとわかっていた僕らが、ブレーキをかけたりだとか、そんなことは気にせずに、ただ毎日を最高のものにしようと、必死ですっ飛ばした中学三年生の数ヶ月間を、またきっと思い起こすのだ。同時にその訪問は、僕の根本を確認しに行くことでもある。僕はしみじみと再確認するだろう。あの頃の僕が、どれだけ自分を過信するために、常識を超えるために無理をしたかということ。どれだけあの小、中、高一貫という限定された社会の小ささを危惧していたかということ。どれだけあの場所が暖かかったかということ。どれだけあの学校の人々と、離れたくなかったかということ。