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タルイのはてなブログ

タルイのブログです

昔の話をしよう 6(終)

 できるだけ高い景色を見てみたいと誰かが言っていた。彼も言っていたし、僕もおそらく、口走ったことがある。しかしそういった、到達することの容易ではない高みが持っているのは、なるほど確かに感動と呼ぶべきものだが、それは決して、日常的に味わいたいものではない。達成感には過程が付きまとう。過程には倦怠が絡み付いていて、それらが吸い取った数々のものは、繰り返すことに対する、圧倒的な嫌悪感をあらわにする。何かを達成した暁にあるのは、もう一度その場所まで、そのさらに上へ、と言った未来への活力というよりむしろ、現在の僅かな充実感にいま一度浸っていたいという願望だ。ただ、その到達の一瞬間は、いつかまた、いつかここに、と思えるくらいの力を、往々にして孕んでいる。僕はだからこの歳になって、もう一度、あの頃と同じ四人で、あの場所へ、行きたいと思うのだ。

 頂上から見えたのは、高尾山まで続く、圧倒的な、数キロにも及ぶ下り坂だ。体内の細胞が高く興奮して、目の前にあるそれを、まるで恐怖を忘れたスキー場の子供みたいに、突っ切る覚悟を固めていた。風は先ほどよりもいくらか強く吹いていて、遥か下った先に二人がいると思うと、そこで三人でハットリを待つことを思うと、空の蒼さまでもがよく見えるくらいに四肢が活発な活動を始めたようだった。一つ間違えれば転んでしまうだろう、そのまま車に当たって僕はどこかへ行ってしまうだろう。しかし、そういった恐怖をすれすれに味わいながら人間じみた感情をどこかへ飛ばして、一瞬の本能を味わい尽くす快感を、初めて僕は知ることになった。ビビれば負ける。臆せば死ぬ。行け。行け。

 加速が一定値を越して、ブレーキを踏むほうが危険だと感じるほど風の中で全身が流動していった。視覚と触覚にすべての神経が集注する。「いい感じだ」オタッキーが手をぼんやりと僕を眺めているのが見えた。ビュンビュンと、瞬く間に空間を切り裂いて、その空間があまりにも早すぎるその速度のせいでまたくっついてしまうみたいに、全速力で車と並走しながら、他のどこでも味わえないような自由を、笑い飛ばしては突き進んでいった…

 

 いま一度集った僕らは、興奮を持って、今日一番の笑い声と、何かしら目には見えない連帯感と、ハッキリと従来の自転車旅を超えた充実感を味わっていた。峠を超えた。もう高尾だ。飛ばせ、飛ばそうぜ。

 行きの1.5倍くらいの速度で進んで行く。その中で沢山の笑いが生まれている。なんでもオタッキー、登山途中で「開眼」しその場に倒れたそうだ。彼だとなぜか最高に笑える。車の中の人々は皆彼を心配そうに見つめていたという。結局足に「目」を持ったのはこの旅でハットリ以外の三人となった。しかしオタッキーの真骨頂は僕らなんかでは作り出すことのできない、「笑えない笑い話」なのだ。

 八王子を過ぎると商店街にぶつかるようになり、信号機が多くなっていく。赤信号に止まったオタッキーの様子がどこかおかしい。必死で電柱にしがみついて、倒れないようにしている。

「どうしたどうした」とハットリがからかう。「やばいんだってやばいんだって」みんな薄々気づいている。「ウェーイ」ハットリが彼をストンと押した。すると「ぐぎゃあああ」とその場に倒れこむオタッキー。なんと彼は、足を下に降ろすとつってしまうという要は「いつでもつることのできる男」になってしまったのだ。カッコイイ。僕も足を降ろすと以前つったときの癖が刺激されるので極力控えていたのだが、どうもこのオタッキーという男、僕をはるかに超えた素晴らしい素質を持っているようだった。

 それからというもの、僕らはわざと信号が赤信号になるように調節し、怯える彼にくすぐりを仕掛け、「やばいってやばいってほんとにやばぎゃああああ」となる遊びを繰り返した。行きから数えて彼はなんと50回近く足をつった男として自転車旅史上最高の名誉を享受することになる。その内4回が「開眼」というのだから大したものだ。

 

 東八道路へ出た。あとは一直線で約10キロ。ジャニーズの自転車についていた計測器は122キロを指していて、100越え!?と笑いながら、面白いことに僕らは最後の10キロを、鑑みるようにゆっくりと、ゆっくりと進んでいった。決して楽しいばかりではなかった旅路が、一つの感傷をつれてきたのだ。そのうちにマクドナルドについて、オタッキーが足の痛みに苦しみながら一行から抜けていく。残念だけれどそこから先、彼は一人で、足のつった痛みと戦わなくてはならない。もう僕らは笑ってはやれないのだ。

 そしてその先の交差点で、ジャニーズが別れを告げる。彼は家に帰って、あの優しそうな母親になんて報告するのだろう。いいから住所を次会うときまでに覚えてこいと、別れ際に言ったような気がする。

 僕が家に帰って親になんて言うのかは決まっている。少し不機嫌そうにして、まるで近所の公園にいった帰りみたいに、

「ああ、楽しかったよ」と済ました風にして、今日の日を僕のものにするのだ。

 

 日が暮れていくのに合わせて、午前2時半から行動を共にした友人たちが家に帰っていく。

 

 

 家まではあと、もう少しだ。

 

(終)