フクラム国

タルイのブログです

昔の話をしよう 3

 「君たち、ちょっと」警官二人が僕らの旅路を塞いだ。僕らのうち誰一人イヤホンをつけている奴はいなかったし、当たり前のように、傘をさしている者も、二人乗りをしている人間もいなかった。中学生にとってそれ以外自転車を止められる理由はさして見つからなかったので、やけに好戦的な目つきをしている警察官はある意味滑稽に映った。

 「何しにどこへ行く」

 僕が答える。「いやちょっと山梨まで」

 「山梨?自転車で?」

 「はい。一日かけていくんです」

 警官はそれを聞いて僕らを道路脇に連れて行くと、覆いかぶさるようにして僕らの行く手を阻んだ。滑稽さは瞬く間に失せ、代わりに不吉な静けさが走った。車の音が聞こえなくなった。オタッキーはひたすら下を向いて、まるで一列になっているアリの数を数えているみたいにじっとしている。ハットリはなんで止められたのか納得いかないらしく攻撃的な目つきを投げかけていた。ジャニーズは僕の顔色をうかがっている。僕は悠然と立ってリーダーとしての威厳を保ちながら彼の不安を少しでも拭おうとしていた訳はなく心底怯えきって警察から目を反らし続けていた。

 あとになって考えてみるとこうした僕らのたたずまい全てがあの小一時間にも及ぶ“取り調べ”に発展したのだと思う。あまりにも僕らは非行を行う少年たちというレッテルを貼られ易いたたずまいをしていた。僕らは荷物の中身を点検され(「ばらばらにした死体とか入ってるんじゃないか?」と聞かれるレベルで深夜3時をうろつく僕らは疑われていた)、行く目的地と到着予定時間などを詳細に伝えることになった。向こうに着いたら交番に行って到着したことを知らせろとまで言われかけたが、僕の真面目で誠実な対応によりそれは免れた。免れたのは事実だが理由は多分違う。

 それと住所を聞かれた。オタッキーが多少怯えながらそれを伝えている中、家に接続されている自分たちを現実的に把握して僕はなんだか悲しくなっていた。そこにジャニーズが引きつったような笑いをしながら話しかけてきた。なぜこの状況で笑っていられるのかとイラつきさえした僕の耳元で彼は「俺、住所わかんない」と呟いた。

「は?」

「いや住所覚えてなくて」

「こんな時にそういうのやめろって」彼は時折そうやって、僕の骨の髄からの笑いを引き起こす。小学校一年生からの付き合いだが彼が引っ越したことは一度もないのに、それでも覚えていないという非常識さ。彼の恥ずかしい自白によってまた警官から不審な目線が寄せられたがそれ以上に、彼が起こすその笑いは快感となって夜明けまでの僕らの笑い種となった。

 運良く(といかまあ普通に)僕らはなにもされず解放され、僕らは貴重な夜明けまでの数十分を失い、代わりに11時以降に未成年がことに出ることが違法だと知ってまた一つ賢くなった。「なんで住所わかんねんだよ」「アホじゃん」赤点を取り尽くし補修をゲームのためにサボる男ハットリが努力家のジャニーズに攻め立てる。僕らは笑う。僕らにとって大事なのは学校や生活ではなく、もっと深いところにある何かしらの魅力なのだ。あの頃が一番それを密接に感じていたように思う。

 

 ちょうど日野の辺りだ。時刻は5時ごろになり、空は少しづつ明るみを見せてきた。僕らは橋を渡っていた。不思議な感覚だった。橋を渡ることに、何かそれ以上の意味があるように思えていたのだから。後ろからジャニーズが、あとどれくらい?と聞く。まだここからスタートみたいなもん。僕は答える。そう、入り口にきたような感覚が全身に循環していた。この橋を渡れば、日常から知らないフィールドへ足を踏み入れるのだろう。

  僕はオタッキーに言う。「写真撮っといて」彼は唯一iphoneを持っていたから(僕はガラケー、ジャニーズは子供用携帯、ハットリはそもそも持っていなかった)、彼が画像記録係りに任命されていた。「何撮るの」

「ああ、もう俺が撮る」あの頃は一人称が俺だった。今もたまにその方がしっくりくる。

 僕は明けかけた空と川に映る月光を撮った。この時はまだ月が面白いくらいうまく写真にはうつらないことを知らなかったのだ。米粒のような月に違和感を覚えながら、それでもあの時はどうしても撮っておきたいと思った。自分の中に感覚を残しておこうと思うほど感情にゆとりはなく、通り過ぎてしまうにはあまりに貴重なもののように思えて、

 夜明けがゆっくりと迫ってきていた。僕らは東京のはじの方へ、バカみたいに騒ぎながら進んでいった。