フクラム国

タルイのブログです

昔の話をしよう 2

 僕らはその日、午前2時半の、酷く世の中から浮き出たように佇んでいるセブン・イレブンの前に集合した。誰もが眠そうな顔をせずに、むしろ平生の学校に行くための待ち合わせよりも数段と活気付いていた。慎重で真面目が売りのジャニーズは、これでもかという具合に今日の長旅に備えた重装備で、対照的にハットリは短パンとTシャツと中身の詰まってなさそうなカバンをカゴに乱暴にのせている。僕もこういう面ではジャニーズと同じような心配性持ちであり、加えて、何より全体のリーダー的な自意識ゆえに、小さなクーラーボックスや氷の出るスプレーなんかを持ち合わせていた。

 2時半に集合したのには、圧倒的に重要なわけがあり、綿密な計算が導き出した絶対的な時間帯であった、というわけではなく、当時流行っていたバンドグループの曲のうちに、午前2時に天体観測をしに行くという趣旨の歌詞があり、なんとなく憧れを持った僕が半独断で、冗談のように言ったことが現実となったに過ぎない。この選択がただの阿呆だったことは後に分かる。

 

 僕らの関東脱出計画には、二つの攻略ルートを設けた。もっとも二つ目の選択肢はないものと考えていたので、実質僕らの進む道は決まっていたのだけれど。最短経路約50キロを突っ切る場合、そこにはある圧倒的な障害がある。「大垂水峠」という東京と山梨の県境少し前に降臨する「峠」だ。一応自転車通行可能ということになっているのだが、なんというか自転車にもたくさんの種類があり、大垂水峠の通行可能にしている「自転車」に僕ら中学生の装備である「ママチャリ」は含まれていないと見るのが妥当そうな、邪悪な長さ、斜度を誇っている「壁」である。故に僕は60キロ強の迂回ルートを正規攻略ルートとして選択し、最短経路ルートを何かしらの非常時の第二ルートに設定した。

 

 僕らはまず、今日の攻略に加わるゲストとして武蔵境に住んでいるオタッキーとの待ち合わせ場所に向かった。

 オタッキーはその名から推測されるように、後に高校性となった暁に、熱烈なアイドルオタクへと変貌していく、ある意味残念な少年だ(オタクとは素晴らしい営みであると一方では思っているので「ある意味」という単語を使わせてもらう)。彼の行いの全てには残念という言葉がまさにふさわしい。ただ、彼はその女子が「かわいいぃっー」といいそうなフェイスと、終始どぎまぎしているような立ち回りから、学校では常に一定の人気を獲得していた。男子にとっても定期的に彼がやらかす、笑えないけど笑える失敗は愛すべきものだったし、女子にとっても彼の行動はかわいい小動物のようだとみなされていた節がある。要するに、我が中学校における愛されキャラだったのである。確かこのころは、「高嶺の花」と名高かったkさんと彼が付き合い始めたころだったと思う。井の頭公園で彼に「どうだった、どうだった」と尋ねると、彼はにやっとして「いけた、いけた」と斜め下を見ながら誇らしげに言っていたのを覚えている。あのころの彼に言ってやりたい。君はもう少しすればアイドルを追っかけるために学校を休むことをいとわなくなり、「高嶺の花」はそんな君を置いてどこかへ行ってしまうということを。

 彼のことを僕はキャラとして「愛して」いたので、今回の関東脱出という、ある意味途中でうんざりしそうな企画に多少強引に彼を追加したのだった。この選択は非常に賢明なものだった。

 オタッキーとの待ち合わせ場所である「マクドナルド」の向かい道路に来た僕らは、早速何やら一人の限りなく不審者に近い男子が体をゆらゆらと揺らしているのを発見した。僕とハットリは腹を抱えて笑い、ジャニーズは「あの影かな、おーい、おーい」を大きく手を振る。変に小刻みに手を振り返してきたオタッキーを無視するように先に進めば、信号が青に変わると同時に「いやチョット待ってよお!」と興奮した様子の彼が一行に加わった。黄色いM字マークがやけに眩しく、空はまだ完全に夜を続けていて、僕らは社会から離脱したような感覚を受け、変に大声で喋りながら、自分たちのいる場所を再三確認するようにして、国道20号線を目指していった。

 

 国道とのちょうど交わる少し前だったと思う。時刻は午前3時を少し回ったところで、僕らは一旦落ち着きを持ち淡々と先へ進めていたその足を、一旦止めることになる。

「君たち、ちょっと。」警官3人が前に立ちふさがって、何やら非常に好戦的な目つきで、道路の端へ僕らを連れて行った。僕らは午後11時を過ぎて外をうろうろしている未成年として、当たり前のように捕まってしまったのだ。(3に続く)