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L'après-midi d'un faune

タルイのブログです

前書き、或いは意思表示のようなもの

 僕らの住んでいる世界が一つの有り様でしかなくて、全く違う世界が広がっているかもしれないと、子供の頃のある時期に僕らは考えるようになる。夢見るようになる。それは外国文学の影響だとか、流行りのロール・プレイング・ゲームの影響だとか、魔法学校を描いたあの映画だとか、漫画やアニメだとか、外的な要因に強い影響を受けるからだろうけれど、もしかしたらこの世界からの離脱という願望は、人間が本能的に、先天的に持っている感情かもしれない。それは大きな希望となって、少年期の毎日を彩る。初めてだらけの1日を積み重ねていって、日常が生まれ、そのことに飽きを覚えてきたその頃に、それは大きな魅力となって、妄想の大部分を占めるようになる。僕の頭の中の、いろいろな素材がごっちゃになった帝国の中では、役者はそのほとんどが学校の人々で満たされていた。そもそも大部分の少年の世界というのは学校と近所で完結しているものだし、僕の学校は東京各地から電車を使って来る子供で満たされていたから、僕の日常が開かれているのは小学校の、あのまろやかな木の匂いのする教室だけだった。

 しかしその世界で、我々はどんな立ち位置を占めていただろうか。王国の血を継いでいるだとか、生まれつき圧倒的な才能があるだとか、頭に稲妻型の傷があるとか、いわゆる「主人公」に自分を当てはめただろうか。「主人公」となって王女様と恋をし、悪に飲まれそうな世界を救っただろうか。それは何かしらの分別がついてしまうと、決して簡単なことではないだろう。少なくとも僕は、いつも物語の中心人物ではなく、そこから一つ外れた、だけれど物語になくてはならないような存在を自分に当てはめることしかできなかった。脇役というやつか。朧げながらも自分がこの世界を救うことができないと変に悟っていたし、世の中には悪だとか、王女だとか、そんな絶対的に君臨している存在はないように思えた。多分僕が今生きている世界はもっと複雑で、正義も悪も同じような色をしていると考えていて、その「どうやら事実でありそうなこと」に一番の影響を受けながら、運動も勉強もできなかったわけではないがそれほどでもなかった少年は、万年リレー選手の補欠をやり、学芸会でもなんでも、ある程度の脇役を目指したのだった。それは十分に満足のいく答えだった。どんなものでも主人公より人気投票7位くらいの人物を好きになったし、ヒロインよりも少し目立たない女の子に好意を抱いた。多分僕の人生はこんな風なんだと、漠然と諦観とも楽観とも言えない悟りを開いていた。

 

 僕も全国の約半数の方々と同じように大学生になったのだけれど、今も尚、この世界の裏側か、斜め上か、或いは想像のつかないようなどこかで展開しているかもしれないそんな世界を夢見ることはある。ただ、夢見る世界は、あの頃より一段と現実的だ。幼い頃よりもずっと、自分はその世界にとって、ちっぽけな、取るに足りない存在でしか無いと考えるし、その世界の中でさえ僕は、今と同じような毎日を過ごしているのでは無いかと思う。だけれども夢見るのである。決して単調な毎日でもなければ、いやでいやで仕方の無い何かがあるわけでもなく、生活の全てを犠牲にしてでも叫びたいような大きな主張があるわけでもまた無いのだけれど、約三九度のお風呂の中で、漠然と向こうの世界を夢見ているのである。何かしらの事件性がない大層幸福な毎日に、液晶画面の向こう側に切迫した現実味を持てない自分に、一種の不可思議さを覚えては何かしらの、ここからの離脱を考えるのである。

 こことは大して変わらない生活を送っている別の世界の誰かしらよ。僕は貴方に心の全てを乗っけて精神の動向を共にするだけの、準備と、期待があるのです。

 貴方になれば、今よりも、ほんの少しだけ新鮮な、何かが、あるのかもしれないと。