一度くらい僅かながら自分のある話を

 形の見えるくらい立ち込めていた霧が晴れた湖に、小舟がぽつんと、浮かんでいる。水鳥の声だけが反響している。朝はまだ目覚めていない。こんな風景の上に、僕は美しさを取り繕っているような気がしてくる。生の願望と、実情と、理想と日々とドス黒さと、全部が嘘のように思えてきて、そのせいか肌寒くなる。自分をいつまでも偽っているようで、それは心地の良いことだし傷つきにくいことだけれど、そして必要性のあることだけれど、ふとした時に壮絶な恥辱感がよぎる。誰もが僕の愚かさを見抜いていて、幼さを知っていて、その上で一つの陵辱プレイとして僕を存在させてくれているみたいだ。それでも何かを書き続けなければならないし、そうやって公の場で辱めを受けることに臆病になってはならないと知りつつも、実際は大体の生きやすさのために今日も取り繕う。取り繕いすぎて何もわからなくなっているのかもしれない。自分だけ裸なのにそれに触れないで周りの日常が進行しているみたいだ。そういう類の夢は昔からよく見る。僕はためらいがちに局部を隠すけれど、誰も気にしていないのだ。
 変に器用に生きてきた分それがばれること、ばれているだろうことを考え始めると、わりかし苦悶する。少なくとも今のままでは、この辱めは誰の得にもならないから。せめて僕のプレイに誰かが魅力を感じなければいけないのだろう。一生恥辱は確定事項であるから、せめて誰かの欲情道具になれるくらいには魅力的な人生を作り上げ、それを売って生きていきたい。