読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

タルイのはてなブログ

タルイのブログです

記事を書くことについて

 さてさて

 僕らがやり過ごしている毎日の中には、何かしらの「物語」が成立する時があると思う。自分の中にある累積した経験やその時の心情に、目の前で起きているなんらかの出来事が合わさって、一つの架空の話を展開する。ちょうどそんな時だ。

 それは例えば、猫に餌をやるご老人だとか、必死に見え隠れするスカートの中身を追っかける青年だとか、あるいはノスタルジックな影の伸びる帰り道だとか、そんな一瞬間に潜んでいる。多分あなたも似たような感覚を覚えたことが少なからずあるはずだ。目の前の情景が自分の内側の何かしらと結びついて意味を帯びてくる、そんな瞬間はいつもふとした時に訪れて、ほんの少しの感慨に僕たちをつれていく。僕はその「物語」を文章化し続けたいし、「物語」を僕以外の視座で見てくれる人を求めてもいる。

 加えて

 話している人には話しているので今更隠すこともないが、僕は人生の大きな到達点として「作家」という職業を据えている。理由だとかはいつか記すとして、「作家」へのぼんやりとした到達意識の中で、ひしひしと感じることがある。それは音楽に携わる人々も常に感じていることだと思うが(人生の進行経路の関係で、僕はその方面の素晴らしい人間関係をいくらか築けている)、人に伝えなければ表現は成立しないのだ。至極シンプルな話だが、もう一度そこに立ち返ってみると、再確認に値するほど重要なことのように思えてくる。文章も人に見られなければ、人に受容されなければそれは表現にはならない。「作家」とは個人的な内的世界を文章にし、それを「読者」に提供する表現者であるならば、僕の"今現在の"個人的な記述すら、それが酷く未熟なものと知りながら、誰かに見せる場が必要なのかもしれない。

 ゆえに生涯縁がないものと思っていた「ブログ」というフィールドは、ある内面的な物事を他者に向けて綴れるこのツールは、もしかしたらとても有意義なものかもしれない。僕はこの穴倉のような、小さく狭められた世界の中で、至極個人的なことを綴っていこうと思っている。穴倉の中は大して笑いに溢れる訳でもなければ、もしかしたらあなたにとって生理的に嫌な臭いが充満しているかもしれないけれど、そしたなら(それはとても悲しいことだが)出て行ってくれれば視界に入れずにすむのだし、逆にもし少しでも興味を持っていただけたら、是非覗いて欲しい。

 そんな訳で、日常の中で起こる人間関係についてとか、あるいは経験した芸術なんかに対して未熟なりに考えた"何か"を文章化していくつもりである。