膝を折り、水を飲んで

夏の連載2018 (7/4〜8/3)

人間の土地

長い文を書くのは人生の後半でいいのかもしれない。中途半端な年代の僕らは日々移ろうそれらにやられっぱなしで、大切なものをその都度刹那的に受け取るわけで、それをどうにかして捉えようとする行為に、長い文は向かない。 日を待たずして変化していくもの…

Good-bye ponytail

雨降りの日のホームは、蛍光灯に照らされてニスを塗ったみたいに輝く。空は灰色で、ただの悪天候じゃないんだよね、今度は、と、本腰を入れて台風を招いている。耳元には忙しすぎるベースラインの陽気なミュージック。明るすぎるホームと軽快なポップスが遠…

BUBUKA

私は途端に身体に重たくのしかかるようなものを食べたくなる。後で胃の表面をもったりしたものが覆って、唸るように後悔するんだろうな、と何の気なしに思いながら、それでも、何かしらヘビーなものが喉を通ってくれるといい。 そんな日が時折訪れると、私は…

同じ理由

淫らなものばかり考えていると時間が経つのが遅いのとたぶん同じ理由で、優しさの中にいると時間の経つのが早い。優しさという感情を、今まで濃厚で金色に光るハチミツみたいに考えていたけれど、そればかりでは得られない代物が沢山あるということを知る。…

飯倉さんが通る

いつだったか、何処もかしこもでっかい食品サンプルみたいじゃあありませんかね、とあの人に言ったことがありました。そうです、あの中華料理屋さんのガラスケースの中に置いてあるあれです。あの人は微笑んでばかりで返事をお返しにならなかったけれど、お…

Travellin'Light

もう一人の僕が人に好かれようと笑顔を作りながら、おもしろい話を練り上げようと言葉遊びをしながら、好きでもない人と笑い合おうと苦心しながら、顔見知りの人に優しさを届けようとしながら、毎日を忙しそうに歩き回っている。 次の駅しか見えない彼と、路…

塔の向こう

足取りを確かめると地面と後ろばかりを見ることになる。 先行きの見えない明日だとか、数年後に心配を持っているのは、まるで曲がり角の先にある可能性に不安と期待を高めるだけの子供みたいじゃないか。 道を曲がった先にあるのは次の道だけだ。引き返すか…

おとなになる前に2

駅を降りると知らない景色がある場所に、明日から変わっていくんだろう。体全部を飲み込むような、大きな流れにやられて。その知らなさはいつものとは違うんだ。知らない駅の改札の向こう側を、僕たちは昔、自分の知っていることばや、自分の知っているもの…

おとなになる前に1

君の鼻歌はそんな風なんだな。初めて聞いた。喉から鼻へ、まるで何かの魔法みたいに濾過された湿気のない声が、透き通って外に生まれるんだね。 三歩ばかり先へ行く君が少しばかり怒っているような気がするのは、多分、自分が一番大事な僕の、変にわるい癖だ…

M・O・Z・A・R・T

涙のキッスなどというエロオヤジのグッド・ソングが街を潤して四半世紀弱というところ、思うに涙の訳とは三種類ほどあるように思える。一つ目は物理的反応のそれである。玉葱や「ちょっと待って、目にゴミが入っちゃった…っ」と濡れたまつげを撫でるおなごの…

ステップ広めの帰り道

付き合い方に悩み続けている。友達との付き合い方、親との付き合い方、恋人との付き合い方。勉強や楽器との付き合いだって、心の中の暗い部分とか、危険な部分とか、或いは幸福な部分との付き合い方だってそうだ。触れ合っていくと傷付いたり、或いはじぶん…

幻の火花

火種を持った人と言葉を交わしたり、何かを通して触れ合ったりした時に、まるで偶然にぶつかり合った火打ち石が生み出す火花のような、一瞬間のきらめきが起こる。 それが真っ暗闇の中に輝いた時、それは幻のように美しく、心を他のどんな瞬間よりも震わせる…

明日

陰鬱が心を過るとき、光を押し付ける世間の中で暗闇は太陽にやられていく。手探りで見つけた虹色を光が一色に染め上げていく。 もう一度だ。暗闇は世界を支えるように潜んでいる。僕らは影の中に身を屈めて、意味がないと学会で証明されている「あれ」を求め…

にっき12

神戸日記6 8月某日 遺品整理は父の幼い頃の写真が掘り起こされる等のイヴェントによって驚きの声と共に和気藹々と進んでいったが、大きな段ボールが部屋の隅に一つ残されたままで、私はその隣で一心不乱に祖父の残した日記を読みふけっていた。 気付けば些か…

にっき11

神戸日記5 8月某日 その顔に恐らく誰よりも早く気付いた。僕は草むしりに夢中というようにして事の顛末を見守る。墓には東京に住む父親の名前と埼玉に住むおじさんの名前が既に入っていて、「ここに入らんわけにはいかんよなぁ」というおじさんの声はおばさ…

にっき10

神戸日記4 8月某日 SUNDAYとだけプリントされた色違いのtシャツに身を包んだ3人の日に焼けた少女たちが自撮り棒を使って精一杯の顔面創作に勤しんでいる淡路島のパーキングエリアであった。 曇り空は頭をほんの少しきつく締める。気圧の影響はある程度神経が…

にっき9

風邪気味で行く神戸日記3 8月某日 最近は母親の怒りを台風かなんか異常気象のひとつだと思うようにしていて、これが案外その通りらしい。 あれは理屈ではないし、「正しさ」によって収まるものでもない。流動的なマグマであって事実関係などはあまり関係ない…

にっき8

風邪気味で向かう神戸日記2 8月某日 小学校の頃、ワクチンを作るためだとかいって寄付するペットボトルの蓋を集めていたあいつは、いま思うと、多分本当にそのためだけに蓋を集めていたような気がする。 あまりにも蓋を集めたがるから、僕らの周りでは蓋が出…

にっき7

風邪気味で向かう神戸日記 8月某日 東京もそうだったが、ここもどんよりとした曇り空だ。比較的ラフな格好をした人々は(少なくとも表面上は)仲睦まじそうに、駅前の移動販売車で売られていた際にはあれほどまでに素通りしていたはずのジャンキーな食品たちを…

にっき5

胃腸炎は治らない 8月某日 きゅうりの裏はナスで、柿ピーナッツの裏はとうもろこし。じゃあ絆創膏の裏はなーんだ。 というなぞなぞを謎の方から思いついた。こうなるとなんとかして答えを見つけたいところなんだけど、なかなかにむずかしい。ナスときゅうり…

にっき4

私は嫌な子なんだろうな 8月某日 フルートのパートリーダーになってから、前の部長と二人でサンマルクカフェに遅くまでいることが多くなった。今日もそんな日で、部長は受験勉強で忙しいとかいいながら、私の話に付き合ってくれて、自分の場合はこんな風に考…

にっき3

夏…… 8月某日 電車のクーラーは寒い。友人が夏だからといって自動販売機からあったか〜いをなくすのは如何なものか、と言っていた。僕は心の底であまり好きでない流行語を呟く。「それな。」でも寒いからってクーラーがないのも困る。クーラー無しに生きてい…

にっき2

海底生物 8月某日 胃腸炎だと診断される。医師によると胃がグルギュルしてるらしい。グルギュルっていう海底生物いるだろうなぁと何の気なしに思う。 お腹はやっぱりそれなりに痛くて、食べ過ぎと飲みすぎとありとあらゆる良くないものが合わさって胃をキリ…

にっき

マサラタウン 8月某日 日記を書こう、なんて全国の人々と同じような決心を固める。そんな志の強度がなくて3分で諦める(僕の志は振動するマッサージ機に乗って行う線香花火くらい消えやすい)。 チョチョイときょうのできごとを書こうと思う。 ぼくはそれもう…

サキ:たしかさと外国

サキは、市民プールの見物席で外国の本を読んでいました。なんだか必死で何かをする必要がなくなった途端、何もかもどうでもよくなってしまった感じがして。 本を丁寧に読む方法は、手をきちんと洗うこと。って友達に言ったら、うまく伝わらなかったのを思い…

ぼくらは夜のいきもの

最近はずっと雨が夕方辺りまで降っていて、今日もまた、湿度はむんむん気圧はひくひく髪の毛もじゃもじゃといった具合。 6月の気圧の低い日は、ほんらいはサンショウウオみたいに這って生活するべきなのに、無理をして、立って歩いてるんじゃないのか。そり…

ジムとのかくれんぼ

ジムはとても優しい子です。わからない人にはわからないかもしれないけれど。彼の優しさは、ものすごく純粋なものだから、大声で思っていることをすぐに口にしてしまったり、何かにいつも焦っているような人には、うまく感じることができません。だから他な…

井の頭公園13:30

人は分かりやすくするための決めごとを長年かけて作ってきた。けれど自然は自然と混沌としていて、そんなものの中に、分かりやすく線を引いた分だけ、世界は矛盾だらけになってしまった。 蔓延する矛盾と自分との折り合いをつけていくことがアイデンテイテイ…

エターナルシュレッダー中のメモ

愛の教科書がもしあったら、きっと中身を冷めた笑いでパラパラ見ながら、結局は破いて捨てる気がするけれど、それでも「これが恋だ」とか、「それが愛だよ」とか、そんな風に、自分の気持ちを整理したくなる人はたくさんいるだろうから、やっぱりどこかで、…

できるだけ真っ直ぐなうそ

例えば君とどこまでも遠くまで歩いて行けるとして 僕らのたどり着く街が、ずっと昔から願っている 優しさと想像力に満ちた場所だとしたら そしたらいっそ、僕らはその場所からはぐれるようにして またこの場所に戻ってくるのかもしれないし もしかしたらずっ…