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Here Comes The Sun and I Say

タルイのブログです

Here Comes The Sun and I Say 11

第11章 京谷:君の顔が好きだ

 

 全ての赤信号にひっかかり、工事現場に3度ぶつかり、その度に迂回して迷い込んだ知らない道で方向を間違える。悉く何かの強制力が働いていて、目的地に着くのを拒んでいた。少女はずっと小さな寝息を立てて眠っていて、彼女さえ背負っていなければこんな状況にはならないはずなのに、彼女がいるということだけが、この状況から僕を守ってくれている気がした。何か人外なものが意志を持って自分を疎んでいるように感じること、それは例えば電車がいつまでたってもこない時とか、大切な日に限って雨が降った時なんかに訪れて、それが案外、心には重たかったりする。だから多分人は、それを笑い話にしたり、自分を雨男(女)と名付けることでどうにか自分を納得させるのだろう。こればっかりはしょうがない、と胸のうちでうまく落とし込むのだ。けれど今日ばかりはそんな事を言ってはいられなかった。背後の少女の所為にする事は簡単で、つまり彼女を夜に手渡してしまえばそれで済む話なのだろうけれど、自分の中にある「深浦さんに会いたい」という身勝手な気持ちを捨てる事をしたくなかった。どうしようもない自己中心的な考えだ。けれど自分のその思いは、自慰行為ではなかった。限りなく自己満足的なエゴイズムのはずなのに、彼女に会いたいという思いになっただけで、それは自慰的な意味を無くしている。

 僕はうんざりとする度に、深浦さんの事を思って妄想を膨らませた。限りない細部まで想像しようと努め、僕の夢見ていた「世界」を共に散歩することだとか、或いは少しアダルトなことだとか、くだらないことだとか、彼女の服装から好きなものまでを妄想の中で転がした。そしてなんて身勝手なのだろうと自分で思いながら、その乱暴さこそがある意味で、男と女である意味なのかとも感じた。僕ら男の子と女の子は理解しあえないから、お互いを、限りない想像力で夢見ていくのかもしれない。

 夜は確実に頂点を越して、やがて近づいてくる太陽を待っていた。太陽は、深海からゆっくりと上がってくるダイバーのように、ゆっくりと、しかし確実に水平線に迫ってきている。それはまだほんの予感でしかなく、空は明るさを遠ざけていて。

 妄想に疲れると、ひたすらに好きな曲を歌った。ある時は歌詞を即興的に変えて歌った。それがうまく行かなかった時は、自分だけは面白く感じるもので、一人で少し笑う。世界に自分しか起きていないという感覚が確かにあって、その感覚に身を任せて、全てを楽しいものに変えてしまおうと思った。自分の声は全く空間に伝わることなく、悉く闇に吸収されてしまったように感じたけれど、それでも歌い続けているだけで、僕は常識的であることから抜け出して、この状況に立ち向かえる気がした。

「君の顔が好きだ 君の髪が好きだ

 性格なんてものは僕の頭で勝手に作りあげりゃいい

 君の肩が好きだ 君の指が好きだ

 形あるものを僕は信じる」

 斉藤和義の「君の顔が好きだ」を、何度も、何度も口ずさんだ。喉が疲れるので、一オクターブ下で、少しだけ体を揺らしながら、歌詞を好き勝手に変えて。少女は相変わらず眠っていた。

 

 恋愛に付随するあまりに多くの「ルート」「決め事」「計画」「順序」。それはおそらく、想像力を使わずに済むための、相手を傷つけずに置くための「安定策」なのだろう。だとしたら、僕は、とにかくそこから外れた存在であろうと思う。この上なく身勝手であろうと思う。いつも夢見ている「ここではないどこかへ」いくことは、結局、多分、できないのだろう。けれど、「自分ではない誰か」に、今僕は向かうことが出来ている。そこには自分だけの夢想世界を作り上げることに苦心した自慰行為のような想像力が大いに働くことになる。世間からは身勝手と言われようと、異性とは決して理解しあえないというのなら、想像力の中で、「自分ではない誰か」を、「好きだ」という名の下に転がして、恋とでも呼ぶべきものを膨らませていきたい。そして精一杯恋をしたい。自分なりのやり方で、できる限り真摯に。

 自分の胸の中の最も深いところにある重みが取れたような気がした。恋というものに世間が与える評価の所為で、恋という恥ずかしくなるような漢字を酷く疎んでいたのかもしれない。けれどそれは蓋を開けてみれば、自分が普段部屋の中で一人行っていたことを、外の世界に繋げる唯一の糸だった。

 臨海公園駅に着いた頃には、空はかすかに白み始めていた。線路の向こうに回ると、遠くには海が見えて、僕は今更ながら自分の足が酷く疲れていることを知る。さて、ここからどう行けば良いのだろう。そう思った時だった。背中に乗っていた少女がすり抜けるように僕から離れ、無言で頭をさげると、音もなく走り去っていった。

 …ああ、ここまでで大丈夫だったんだ。走っていく先を見遣る。彼女はしっかりとした走り方で海の方へ向かっていく。多分帰る場所がそこにあるのだろう。僕はもう、ここまでなのだ。

 大きく息をした。果たして何かが変わったのだろうか。もう一度、彼女に出会えるのだろうか。僕は何か、深浦さんの為になるようなことをしたのだろうか。

 それはいくら考えてもわからないことなのだろうけれど、何処かへいきたいと願った夜に自分がそこへ向かったことを少し誇らしく思った。僕は深浦さんの住む町まで、想像力を絶やすことなく辿り着いたのだ。もうあとは、彼女を待とう。僕はゆっくりとその場所を後にした。

 

 朝が来る。学校が始まるまでにはまだ時間がある。僕は朝食を食べていないし、なんなら眠ってもいない。沢山のことをしていないけれど、どうしても僕は、このまま学校で朝の退屈なホームルームを迎えたい。彼女をそこで待つ必要がある。彼女が学校に来ると信じることを、他ならぬ自分の為に、続けなければならない。

 鋭く差し込んでくる朝日から逃げるように、駅前のマクドナルドに入った。

 学校が始まるまでにはまだ時間があった。

Here Comes The Sun and I Say 10

第10章 深浦:長い長い夜が来る

 

 自転車を引く陣野くんの後ろに、はぐれないように付いていく。「げんきー?」と能天気に聞く彼の顔に映る、昔と少しも変わらない純粋な活力は眩しく私の姿を照らす。

「学校?めちゃくちゃ楽しいよ」彼の声は常に何らかの芯を持った、強い肯定力の塊だ。

「どうして陣野くんは絵を描いているの?映画を撮ったり、漫画を描いたりしているの?」

「楽しいし」

「楽しいし?」

「面白いし」

「面白いし。」

「やらないといけない気がする」

「…やらないといけない気がする。」私は彼の台詞に少しだけ満足する。ずっと名前を忘れていた小学校の同級生の名前を思い出したようなすっきりとした気持ちになる。

「僕がやらなくて、誰がやるんだと、そう思ってしまう」

 多分彼は、まだつまずいたことが無いのだ。自分以上の圧倒的な何かを、目撃したことが無いのだ。いや、あるのかもしれないけれど、自分が本当に取るに足りない人物だと、認識したことがないのだろう。少なくとも私にはそう見えた。それは、気付いたから偉い、とか、そういった類のものではなくて、誰かが指摘してあげれば治るようなものでもなくて、ただ彼は少し強すぎて、彼が何処までもいけるということを信じてしまう周りの目がまだ確かにあるというだけなのだ。「才能」とでもいうべきものが。

 私はもう、自分がやらなければ、という使命感をなくしてしまった。しかるべき順序を経て、成長という名の下に根拠の無い「自信」を失ってしまった。夢が段々と形を変えていくみたいに。遠く輝いていたものが近くに行くと全く違ったように見えるみたいに。

 「まあ、僕はそう思っているという、それだけの話だけれどね」と陣野くんは付け足した。私のことを慮っているのだろう。それは随分と不器用で、ほんの少し可愛らしい。

「多分いずれはこのままじゃいられないんだと思う。けれど少なくとも今は、まだそういう気持ちのままで、先へ進めている。」

 河川敷に腰を下ろした。世界は緩やかに夜へ向かう準備を整えようとしている。私はぼんやりと中学時代を思い出す。たった数年前のことなのに、今との違いを切実に感じながら、思い出す。こちらが気を使わずにいることを許される空間を、彼は作ろうと苦心してくれていた。私はその気になれば今すぐに、そこに甘えるようにして、寄りかかることができるのだ。

 けれど、と思う。けれど私もまた、彼と同じように、「誰かに何かを届ける」ことに苦心している一人の人間なのだ。彼とは違う、人間なのだ。好きなアーティストと価値観を共鳴させようとする狂信的なファンみたいに、自分をなくして誰かに寄りかかることは、私はしてはいけないはずだ。少なくとも今は、そんな簡単に、だれかに助けを求めてはいけないはずだ。

 私は陣野くんの優しさを受け取ることを拒みたくはないし、心のある部分では、彼のことを本当に必要としているのだろう。けれど、私は私一人で、この心に波打つ問題に立ち向かう必要がある。多分、誰かの価値観に甘えるようにして逃げては行けない類の問題だ。しかるべき時間をかけて、耐えなければいけないものだ。

「今日は会ってくれてありがとう」と私が言うと、陣野くんは力強く微笑む。

「大丈夫なのか?」

「うん。大丈夫」

「ふーちゃんはさ、少し、生真面目すぎるんだよ」

「…そうかもしれないね」今の私には、陣野くんはまるで、輝きの強い太陽みたいに思えてしまう。体を温めてくれるには少し暖かすぎて、私が向き合うべき闇までも、光の中に溶かしてしまいそうに思う。

「やっぱり、歩こうか」

「…うん」陣野くんはまだ何かを言いたそうだ。きっと自分なら目の前の女子を救えるだろうと、半ば本気で思っているのだろう。彼はまだ、つまずいたことがないのだ。

 太陽があっという間に落ちていく。陣野くんの元気な声は一向に衰えを見せず、私は彼につられて笑いながらも、体内の闇を隠すのに少し疲れてしまう。いつもふざけてばかりいるけれど、きっとこの太陽に、沢山の女の子が傷を癒されているのだろう。彼は大層な人気者で、だからこそ、まだこんな眩しさを持って生きていられる。

 陣野くん、わざわざありがとうね。心の中でつぶやくと少しだけ気温が下がったようで、見上げると太陽がちょうど沈み終えるところだった。駅まではあともう少しで、私は自分の街へ帰ることになる。潮の匂いのするあの街に帰る頃には、空はすっかり暗くなっていることだろう。星も出ているかもしれない。私は陣野くんに気づかれない程度にゆっくりと息を吸う。

 長い長い夜が来る。

Here Comes The Sun and I Say 9

第9章 京谷:巨大な力にさらわれないように

 

 深浦さんのことを思うと、今まで気にしてこなかった沢山のことが思い出されてきた。耳元にある少し大きめのホクロとか、考え事をしている時にシャーペンをトントンとする癖だとか、そんな所を自分が見ていたことが少し恐ろしいと思うくらいに。確かなことかどうかは置いておいて(世の中にどれだけの確かなことがあるというのだろう)、自分の誰かへの想いを「恋」と一度名付けてしまうと、たったの数時間後には、それ以外の言葉で気持ちを把握することができなくなってしまった。不思議なことに、もう今の自分は、純粋に深浦さんのことだけを考えている。深浦さんの住む街に行って、彼女が今なにをしているのか、学校に明日は来てくれるのかどうか確かめたいと、心から思っている。

 とめどなく続いていく深浦さんへの想いに終止符を打とうと、久しぶりにギターを取り出した。父親から譲り受けたアコースティックギターは、少しだけ古びた弦を巻いてまだ元気に音を出した。所々狂っているチューニングを直していく。正しい音程になると他の弦が静かに共鳴して、楽器自体が整体を受けて心地よくなった後みたいな素直な音を出す。その瞬間が気持ち良い。

 カポを7フレットにつけてDのコードを弾く。下2弦を弾かずに、底抜けの明るい音を出す。The Beatlesの”Here Comes The Sun”だ。この夜に全く合っていないとも言えるその素朴な旋律に、何かを忘れたように身をまかせると、彼女への想いが混沌としていくのを防げる気がした。

「ほら、太陽が登るよ

 ほら、太陽が登るよ

 もう大丈夫

 ねえ、長くて孤独な冬だった。

 ねえ、もう何年も経ったような気がするんだ

 でもほら、太陽が登るよ

 ほら、太陽が登るよ」

 一番を歌ってみて、やっぱり今歌う曲ではないのかな、と思う。まだ然るべき時が来ていないように思える。彼女の顔がもう一度見れると、もう一度「おはよう」と言い合えると、そう確信した時でないと、”It’s alright”なんて素直な気持ちで言えないような気がした。せっかくギターを出したのだし、歌いたい気分だったのは確かだったから、昔好きだったバンドのラブ・ソングを歌い出す。けれど、「守るべき人」とか、「信じる」とか、そんな大層なことを言える心持ちでは全くなかったから、却って批判的になってしまう自分がいた。

 一人でギターを弾くことも、立派な精神的自慰行為で、それ以外の何でもないのだろうか。歌を歌って気持ちよくなるのは、ひどく身勝手な唯の自己満足なのだろうか。全てが「自慰」という言葉で片づけられそうで、情けない。

 ベランダの窓を開けると夜風が冷たく入ってきて、室内を一段と引き締まったものにした。見慣れた街、隅田川、屋形船、ゆっくりと変化しているのだろうけれど、昨日と同じに見える空、星。多分あと10年以内に、僕はこの家を離れて、この街をでていくのだろう。知らない街の知らない川をこんな風に眺める日が来るのだろう。屋形船はないかもしれないけれど、またゆっくりと変化しているはずの星空を、同じものと感じるかもしれない。意識せずに出たため息に身を任せて空を見上げるのをやめる。前方の道路に一人の少女が見えた。

 間違いなく、中之島公園で見かける少女だった。彼女は力がうまく出ないのか、今にも倒れそうにして這うように一歩一歩進んでいた。深浦さん、衝動的に胸の中で唱えると、その言葉が世界で一番意味を持った単語であるように思えて、僕は身支度をして外へ出た。

 灰色のワンピースを着た少女はこちらに気づくと力なく微笑んだ。彼女と僕の間に一本の通路のようなものが出来る。外から入ってくる風の音だとか、街灯だとか、全てが介入することなく、世界には僕と彼女二人だけになったような気持ちになる。

「あの…大丈夫ですか」

「帰りたい」少女はそう呟いた。思った以上に透き通った声をしていた。

「帰りたい。でももう、力が出なくなってしまった」少女は少し残念そうに言った。もうこうなってしまったからには仕方がない、とでも言うかのように。

 少女には少しの違和感があった。目の前にいながら、僕に大きな意味のある女の子として僕の前にいながら、やもすると見失ってしまうような、そんな存在の薄れを身にまとっていた。少女は薄れ始めている。

「もし君さえ構わなければだけれど、良ければ近くまで送っていくよ」僕は何の気無しの提案という感じで呟いた。

「行き先はわかる?」少女が聞く。

「うん。わかると思う」そう返しながら僕は少女の耳元にあるホクロを確かに認める。

「それなら…」そういうと安心したのか彼女は少しうとうとと体を揺らした。

「眠いの」

「うん。眠い」少女は目をこすりながら僕が姿勢を反転させておんぶの姿勢をするのを待っていた。力なく背中に乗る彼女はまるで重ための空気を背負っているような軽さで、僕は変に納得したような気持ちになる。

「それで、行き先の確認をしたいのだけれど」…返事はない。少女は自分がとりあえず落ち着ける場所を見つけた途端に寝てしまったらしかった。

 もう深夜と言っていい時刻だ。終電にはもう間に合わないだろう。タクシーは、と思ってふと道路を見遣ると、車が一台も走っていないことに気づく。

 妙な静けさだった。おそらく、たまたま自動車が通っていない、ということではないのだ。多分幾ら待っても自動車は来ないだろう。背中に感じるわずかな暖かみを、言いようのない巨大な力が奪い取ろうとしているかのようだった。息を潜めて、少女が夜に迷い込むのを待っている。静けさからはそんな意思が感じられた。

 おそらく、この少女は、世間的に見て奪われてしかるべき何かなのだろう。おそらく、深浦さんにとって、このままいけば無くなるはずの何かなのだろう。

 深浦さんは確か学校の近くに住んでいたはずだ。そこまでどうやら巨大な力にさらわれないように、ゆっくりと少女を抱えて歩くしかないようだ。僕は一番嫌いな小説家の口癖を仕方なしに真似ることにした。幾分自分には格好が良すぎて、言えば侮蔑的な笑いが自分から漏れることはわかっていながら、それでも背中で眠っている「帰りたい」と呟いた深浦さんの「何か」を感じると、幾分格好つけたがる自分というものがいた。

 やれやれ、と僕は呟く。それが正しいことなのかわからないけれど、もしまた彼女と会えるというのなら、夜が明けるまでに、少女が消えてしまう前に、他ならぬ彼女の街に歩を進めてみようと思った。

Here Comes The Sun and I Say 8

第8章 深浦:翼を生やして飛んで行ってしまうのだろう

 

 存在そのものが飲み込まれるような、そんな夜が来た。家中の漫画を枕元に置いて、眠気が私を捉えるまで、根気強く、展開の早い物語に重い体を没入させる。

 ヴァイオリンの上手い人なんて本当に数え切れないほどいるのだ。この東京という一都市にだって、ありえないくらい上手い人が数多いることを知っている。増して世界に出れば、どれほどの人がいるのか、幾ら想像を巡らせても現実はそれを超えてくるだろう。

 その中で、「私が私という演奏者である」ということの意味をいったいどんな風にして認めれば良いのだろう。私の演奏が例えば誰かを感動させるとして、その誰かは多分、私よりも上手い人にも感動を覚えるのだろう。それは単純な技術面の話だけではなくて、「何かしらを訴える力」というものも、ある程度の個別性を持ちながら、やはり相対的に評価することができるように思える。

 自らの内側に潜ることに慣れていない。すぐに逃げ出したくなる。頭が痛み出し、もうこれ以上は考えずに眠ってしまいたい。明日になれば多分、陰鬱な感情は全て太陽が追い払ってくれるはずだ。

 しかし夜は眠気をそう簡単にはもたらさず、ただ時間だけが過ぎていく。そんな私を見透かしたように枕元のスマートフォンが震えた。

「ふーちゃん今日学校休んだらしいけど、どーした」と軽い口調が画面越しに見え、強引に現実に引き戻されたような、安堵とも呆れとも言い難い意識の浮力が働く。

 中学の同級生からだった。彼は面白い人だった。極度のナルシストで自らをヒーローと自称しながら、さも当然のように全くの門外漢だったはずの美術系の高校に進んで周囲を驚かせた。無類の女好きで、少しでも可愛げのある女の子にしつこく付きまとっては嫌がられ、そして皆に愛されていた。

 私は夜が少し明るくなったように思えた。中学時代のことが彼とのつながりを持って思い出されていく。黒板に出された問題の解答者が出なかった時、彼は私のノートを覗き込むと得意げに手を挙げ「かましてやって下さい深浦さん」と笑いながら叫んだのだ。当時から外界との関わりを拒んできた私は、突然の彼の言動に激しい怒りを覚えたけれど、突如賑やかになったクラスの雰囲気と、彼の意地悪さの欠片もない笑みになんだか自分でも面白くなってしまって、少しにやけながら黒板に向かっていった記憶がある。

 無口でいじめられがちな男の子にも、社交的な場から自ら距離を置いていた私のような人間にも、「俺が毎日を楽しみたいだけなんだ」という大義名分のもとに、こちらの都合など関係なく介入し、クラスの中でそれぞれの居場所を確保させていく。無論その多方面に向けられたある種の優しさは誤解を招いたりもしていたけれど、クラスの少々柄の悪い人々にも「面白いやつ」だと言われ、女子の大半には「うざい」と笑われながら、それでも確かに彼はある意味の「ヒーロー」として中学時代を過ごしていたように、私には見えていた。

 「そう、少し都合が悪くて」無感情に返信を送ると、「仕方がないお見舞いにいってやろう」ときたので、「こなくて大丈夫」と文字を打つ。

 少しばかり忘れていた夜の寂しさと重苦しさが私を枕元に縛りつけるようにまた脳裏に伸びてきた。

 陣野くんのような人こそが(彼は陣野という苗字だった)もしかしたら演奏家として価値のある人物になれるのかもしれない。自らがヒーローだと心から言えるような人は、多分、何のためにやっているのか、なんて自分へ問いかける暇などなく、「俺がやらなければならないんだ」というある種の使命感みたいなものを持ち、うじうじと足を止め悩みながら歩いている私の遥か先へ、翼を生やして飛んで行ってしまうのだろう。ヴァイオリンの演奏家というものはかなり職人的な技術が必要となるし、そういった「表現するための前提」みたいなものを手にいれるので精一杯になるような職業である。でも、とどうしても思う。私のそういった技術を身につけるための努力なんて、誰にでもできてしまうことだろう。事実私より上手い人は、星の数ほどいるのだから。

 夜が深まっていくにつれて孤独は耐え難いものとなっていき、時折震える携帯のバイブ音だけが私を現実に引き止めているような気がして、陣野くんの他愛もなく、ただ私を笑わせようと努めるLINEのふざけた文面を気付けば祈るように待っていた。森の中を漂う迷子の子供のような姿で、スマートフォンの灯りを頼りになんとか現在地を把握しようとする。部屋の中の何もかもが闇に色を塗られて混沌とした容貌をまとい、そこに何があるのだろうかという好奇心と、それを覆う恐怖心が落ち着く暇を見せずして、結局眠りについたのは、午前三時半を過ぎた頃だった。

 翌日LINEの会話履歴を見ると、私は恥ずかしくなるくらいに陣野くんへの心の内を不器用に話しながら、今日の夕方に会う約束を取り付けていた。

 自分の矮小さに身震いする。長い自慰行為を終えた後のような、そんな朝だった。

Here Comes The Sun and I Say 7

第7章 京谷:そうすれば少なくとも

 

 終わりのチャイムが鳴った。今日も放課後の予定は全くなく、同じようなホーム・ルームが機械的に進行し、そして結局、深浦さんは今日も学校に来なかった。帰路に向かいながらぼんやりと空を見る。空の流動に身を任せていると身体の感覚が希薄になってくる。自分の身体も、この地面も、自動販売機も雑草も、どれも同じように思えてきたりする。それは音楽を聴いている時と少し似ていた。流動が自らを束縛していたものを溶かしていく。そこには何一つとして重さを持ったものはなくて、しがらみをもった秩序はなくて、ただ「自分は何でもない」ということだけが、「自分は何にでもなれる」ということを証明しているように思えた。そしてその感情を感じた後に、それならば僕は作家になりたいと、そんなことを思った。

 昔から物語を読むのと同時に書くことも好きだった。何より、自分が書いたものを後で見返すのが好きだった。そこには自分がいつも夢見ていた「どこか」が持っているなにかが含まれていて、内的な世界へ外的な文字から浸るところができた。

 僕は帰り道をゆっくりと行く。多分、自分のことがたまらなく好きなのだ。自分でも驚いてしまうくらいに。自分の中の世界は未だ美しさを隠していると、そんな風な期待を持っているのだ。作家になりたいという想いは、その延長線上にあるだけなのかもしれない。

 ああ、毎日が自慰行為だ。人前にでなければいけない時間を何とかやり過ごしながら、一人きりの時間に、自分の最も気持ちの良い場所をひたすら刺激し続けている。音楽も最早その為の玩具でしかないのかもしれない。気持ちよくさせてくれるバイブレーションを求めて、ただ僕は、耳元にドビュッシーを流しているのかもしれない。

 一通り考えると嫌になってきた。結局の所、と脳は結論づける。僕はその結論にほくそ笑みながら、しかし同時に変な恥辱のようなものを感じる。

 童貞。精神的な童貞。生理的嫌悪が鼻をついた。それは僕自身の匂いだった。

 

 中之島公園に着くと何の気なしに昨日の少女を探していた。もしかしたら今日もまた、この場所にいるのかもしれないと期待を抱いて。

 果たして彼女は昨日と同じベンチにいた。今日は足をぶらぶらさせることなく、ただ顔を少し上方に向けて目を閉じていた。まるで空から降ってくる身体に良い影響のある何かを一つ残らず受け止めようとするかのように。彼女は確かに、昨日よりも幾らか弱っているように見えた。身体のエネルギーを極力使わない態勢で彼女はただそこに佇んでいる。僕がその姿を美しい一風景としてぼんやりと眺めていると、やがてゆっくりとまぶたが開いた。

 ああ、やっぱり深浦さんと似ている。確信は妙な安堵へと繋がり、僕はやっと彼女から目を離すことができる。

 ベンチに腰掛けると、夕暮れは最も現実離れした赤紫の空を落としている所だった。僕は小説を開いた。1950年代のアメリカの男たちがヒッチハイクを乱用し、古ぼけた車をかっとばし、自由奔放に何かを求めて移動し続ける物語だ。なにかが自分には足りないこと、そのなにかが「ここではないどこか」にあること、それだけが確かなこととして、彼らの行動原理を突き動かしている。目的地にたどり着いてもどこか釈然とせず、結局の所全てが徒労で最後には死だけが待ち受けているとしても、またすぐに次の場所へと狂ったように移動していく。

 僕は彼らのおんぼろで土臭い車に共に乗りながら、スピート違反おかまいなしで広い荒野を爆走しながら狂ったように歌い、酒を飲み、セックスをする自分を想像しながら読み進めた。常に肌を切るように吹き付ける風が全身をそわそわと囃し立て、限りない快楽と自由と共にどこかに向かい続けている自分。衣服を脱ぎ捨て、常識や倫理を忘れ、ただ内なる欲望を埋める術を探し続けている自分。

 それは心地が良かった。一時的に没入する世界としては最高に楽しいもののように思えた。確かに僕と彼らでは、時代も環境も、受けてきた仕打ちの数も違うし、今の僕は決してそんな風に常識を捨て去ることの出来ない凡庸な人間なのだけれど、その移動し続けることへの欲求、どこかを夢見ることへの衝動は、どこか深い部分で少なからず共有できるように思えた。なにかがいつも物足りなくて、だからこそ僕のいるべき場所は他にあるのではないかと、「今」への違和感が膨らんでいく。

 本を閉じると、目の前にはいつの間にかベンチを横になって眠っている少女がいた。深浦さんのことが同時に脳裏に浮かぶ。静かに姿勢良くノートをとり続ける彼女の横顔だとか、おにぎりを食べながら本を読む彼女の昼休みだとか、朝僕に「おはよう」と言う彼女のほんの少しの微笑みだとか。

 深浦さんと僕はお互いに無口な方だったし、僕も、そして多分彼女もまた、やり過ごすように学校を過ごしているのだけれど、それでも思い出す学校での深浦さんの姿だけが、思い出の中で、尊いものとして確かな輝きを見せていた。きっと小学生の頃の深浦さんは丁度あんな感じだったのだろうと眠る少女に目を向ける。無防備なその寝顔は、世界の秘密そのもののように見えた。

 不思議なものだった。今この瞬間どこへ行きたいかと問われれば僕はきっと、大はしゃぎする男たちのいる1950年代のアメリカでもなく、いつも夢見る「ここではないどこか」でもなく、深浦さんのいる場所へ行きたいと、そう答えてしまうだろう。彼女が日常の中に当たり前のようにいたついこの間までの学校に、明日また行きたいと、そう答えてしまうだろう。

 それが正しいことなのかは分からないけれど、僕はこの感情を恋愛的な何かだと思うことにした。確かなことは分からないし、特別何かを理解しているわけでもないけれど、しかしそれでも、「また彼女に会いたい」というこの想いを恋と呼んでもいいはずだ。それを否定する権利は、多分誰にもないのだ。この不確かな想いを恋と名付けてみよう。そうすれば少なくとも、毎日は、この場所で生きなければならない退屈な日常は、より色付いたものになるはずだ。

 海に日が落ちた。少女はまだ眠っていて、僕は公園を出て家へ向かう。イヤホンを外すと商店街の喧騒が久しぶりに脈動の証のように両耳へ入ってきた。

Here Comes The Sun and I Say 6

 第6章 深浦:深海の中でうずくまるみたいに

 

 練習は思っていた以上に捗らない。というより、弾いていることに全くと言っていいほどの充実を感じられない。言いようのない空虚さが身を包んで離さなかった。

 果たしてヴァイオリンをすることにどれだけの価値があるのだろうか。幼いころから好きだという理由だけで続けていき、それなりに上達して、高価な楽器を買い、気付けば「続けていきたい」ものから「続けなくてはならないもの」へと変化しているのではないだろうか。「ヴァイオリンを辞める」と、両親に、先生に、これまで出会ってきたすべての人たちに言えるはずがなかった。それはもう、抗いがたい流れの中で始まってしまっているのだ。彼らの多くは「頑張っている」私を心から応援し、私の進む未来を応援する善良な人々だった。しかし私はヴァイオリンを弾いて一体どこに向かいたいのだろう。

 散歩に出よう。部屋の中にいるから変な陰鬱にとらわれるのだ。悪い方へ、暗い方へばっかり頭が向かってしまうのだ。イヤホンも携帯も持たずに、社会とのつながりを絶って散歩に行こう。

 

 平日の昼間は新鮮だった。街行く人々は皆一様にゆっくりと歩いている。働きすぎと騒がれる日本の会社員たちとバランスを取るみたいに。空は不気味な位透き通っていて、風は心地よい程にそよぐ。自分の住んでいたこの街はこんなにも穏やかだったのかと、変な安心感を覚える。私は臨海公園に向かうことにした。

 海が昔から好きだった。海の中にいる自分を想像することが好きだった。静けさに満ちた世界に、なんのしがらみもない純粋な私そのものがうずくまって、時折聞こえる「ゴポ……ゴポ…」という水中音に耳をそばだてながらたゆたっていく。昔からバッハは海の音楽だと思っている。バッハを聴いている内に、辺りには海が満ちて、深海の中をたゆたうように音が移ろっていく。私はバッハが好きだった。それも熱情的になりすぎないバッハが好きだった。声を張り上げることなく、ただ等身大の自分を認めながら、静かに目をとじて、何かを待っている。そんなバッハが好きだった。

 散歩は悪くない。机に向かうよりもずっと色んなものが見える。例え目の前に壁が立ちはだかっていたとしても、ピントを今一度其処から外すことができる。それはある意味で死を遠ざける一番の方法と言えるし、その壁に対しての向き合い方を一度考え直させてくれる。

 見渡す限り公園に私は一人だった。潮風に吹かれて音を立てる草原が眼前には広がって、日常から取り残されたみたいに、村全員参加のお祭りから一人逃亡したかのように、眼前に揺れる海を前に佇みながら、長めのスカートを揺らしている。私は一人だった。

 私は一人だ。人間として生まれて、深浦家の人間に育ち、それなりの人間関係を持って16年程度の人生を生きてきたけれど、私は私でしかないし、結局のところ、他人は他人だろう。

 私は私として、何故今日を生きているのだろう。もし私が死んだら、多分幾らかの人は、私の想像をはるかに超えて悲しむのだろう。そして私は後悔するはずだ。「死ななければ、よかった」と。

 では生まれてこなかったとしたら?それに越したことはないんじゃないだろうか、とも思う。人間が生まれて、果たして何をしたのだろう。生態系を壊した。でも素晴らしい芸術を生んだ。科学を生んだ。でもそれは大部分が、人間自身のためにだ。

 人間は間違いなく自己中心的だ。心の分かり合えない物への排他的精神の塊だ。人と仲良くなるための一番の方法は共通の誰かの悪口を言い合うことだ、という話を聞いたことがあるけれど、そんな風に、何かをコミュニティーから排除することで生存を保つような生物なのかもしれない。どうしたら、自分が人間として生きていることを肯定的に捉えることができるのだろう。私は生きていてよかったと思ったことがあったか。

 

 「薄れ始めている」ふと背後から透明な声がして、私は慌てて振り向く。

「影が薄れ始めている」透き通った声の主は白髪の少年だった。

「影?」と私は尋ねる。さっきまで誰もいなかったはずの場所に突如現れた存在にびっくりとする一方で、白髪の少年があまりにも自然に話しかけてきたから、妙な落ち着きを感じて、こちらも自然に受け答えしてしまう。

「そう。」少年が微笑む。この世のものとは思えないような白い肌と、真っ白な髪を、透明な声。彼の微笑みは世界中の悪行を許すような超越的な優しさとでもいうべきものを含んでいる。

「君の影は薄れ始めている」少年はいくらか悲しそうに言う。

 私の影は薄れ始めている。私は自分の影を見た。しかし科学的根拠に基づいた濃さを持って影はしっかりと私につながっているように見えた。けれど多分、そういうことではないのだ。

「私の影は薄れ始めている」私は声に出して呟いた。

「そう。君は影をどこかに落としてきてしまった。だから多分、僕に会えたのだろうね」少年は私の隣まで音もなく降りてくると、そよ風のような自然さで草原の上に寝転んだ。私は彼を見下ろす形になるのが言いようのないほどいたたまれなくなり、彼と同じように寝転ぶ。空がいつもより青く見えた。

「君は悩みを抱えている」少年が私の隣でいった。草原それ自体が話しかけているような気がした。

「うん。少し参ってしまっている。なんだか、何にもわからなくなってしまいそうだよ」

「待つことだよ。しっかりと、息を潜めて」少年の言葉は何の雑音もなく、美しいメロディーのようにして私の中に入ってくる。

「深海の中でうずくまるみたいに」私は自分が膝を抱え込みながら深海の中で丸まっている姿を想像した。随分とちっぽけにみえた。

「深海の中でうずくまるみたいに」少年はゆっくりと反復しながら肯定を示す。

「信じて待つことだよ」

「私はいつまで待てばいいのだろう」

「わからない。けれどそんなに時間は残されていない。」

「私の影は薄れ始めている」私はもう一度自分の影を見る。

「君が人間的な生物でありたいと思うなら、君は影が戻ってくるのを信じなければならない」ひっかかる言い方だった。人間的な生物?

 私はゆっくりと目を閉じた。耳に触れる草原のささやき声と、意識を落ち着ける少年の存在と、一瞬間の安らぎと。ゆっくりと体内は静けさに帰っていく。海は荒く波打つのをやめていく。上ずっていたなにかが、あるべき場所に落ちていく。

「ねえ?どうして私はこんな風に生きているのだろうね」私のつぶやきに返事はない。

 目を開けて隣を見れば、そこには初めから何一つなかったとでも言うかのように、鮮やかな草原が風に身を任せているばかりで。

 少年はどこへ行ったのだろう。私は不思議に思う一方で、なんだか少年がいなくなったのはとても自然なことのようにも思えた。

 「どうして私はこんな風に生きているのだろうね」今度は遠くに放るようにつぶやく。私は一人だった。

Here Comes The Sun and I Say 5

第5章 京谷:「いてくれたらいいな」という、その程度のもので

 雪解けを告げるような朝日が差し込む。よく冷えた学校までの道のりは、未だ溶けきっていない脳みそを使って仮初めの「今日も1日頑張ろう」を作るための時間で、学校についてしまえばいつも「今日もまたやり過ごそう」とそんな諦観が身を包んだ。仲の良い人間がいないといえば嘘になるし、いくら控えめに言っても、いじめられているとか、極端に仲間はずれにされているということではない。最低限の社交性をそれなりの迎合主義を持ちながら、それでも一人でもうどこかへ行ってしまたいたいと毎日のように思うのだ。他愛のない日常を今日もまた、そんな風にやりすごす。

 チャイムの五分前に席に着くと、今日も深浦さんは来ていなかった。ぼんやりと授業をやりすごす僕の隣で、姿勢良くノートを取り続ける彼女が二日も姿を見せないのは、同じクラスになって初めてのことである。

 毎日彼女が「おはよう」と僕に言ってくれたことを今更のように思い出す。「おはよう」と僕はさも普通そうに返すのだけれど、学校へ着くまで口を開くことのない僕にとってそれはいくらか意識的な行為だった。その一言の会話は、今思えば、重要な一瞬間だったように思う。人間的なやりとりがそこにはあった。決して慣習的になることなく、いつもそれが初めてとでもいうかのように「おはよう」と言い交わすことに、僕は意外なほどの感情を感じていたのかもしれない。

 彼女がこのままずっと来なかったら…と考えると、それは思った以上に悲しい出来事だった。あの「おはよう」と言い合い、お互いを確かめ合うような僅かなひと時を、僕は心のどこかで、ここまで嬉しく思っていたのか。

 深浦さんがヴァイオリンを弾く姿を、一度だけ見たことがあった。コンクールの受賞記念コンサートに、たまたま行ってみたのである。たまたま知って、たまたま時間があって…と、たまたまの積み重ねでホールへ向かうと、そこには、他者といることを徹底的に拒むような、鋭い目つきをした深浦さんが舞台に一人立っていて、僕は確かな尊敬とでもいうべきものを感じた記憶がある。一人を好むだけの自分とは違い、一人でしか許されない世界に挑んでいる彼女の姿に、本物の「孤独」をみたのである。

 彼女の身に何があったのだろう。もしかして、もう学校に来ないのではないだろうか。茫漠とした不安が胸をつき、逃げるように窓の外を見ると、雲ひとつない青が今日も澄み渡っている。

 どうやら僕は彼女に、自然な好意を抱いているようだった。自分の持つその深浦さんへの想いは、死と引き換えにでも成し遂げたいような大層な愛であるとは到底言えなかったし、思いを馳せれば頰が赤くなるような恋とも多分違うもので、もっと積極的に肯定したくなるような「いてくれたらいいな」という、その程度のもので。

 それでも、と僕は思う。その僅かな気付きはこれからの毎日を、少しでも、起伏のあるものにしてくれるはずだ。学校と居場所が、「退屈」以外の何かを、垣間見せてくれるはずだ。また学校に来てくれさえすれば、もう一度、「おはよう」と言い合えれば。

 そういえば、昨日公園にいた彼女は深浦さんに似ていたな。僕はぼんやりと思い出した。年齢も髪型も違ったけれど、二人は何かしらの場所でつながっていた者同士のように思えた。面影とでも呼ぶべき何かが二人の姿に呼応し合う。

 チャイムが鳴った。気づくと無口な英語教師が淡々と黒板を消しているところだった。頭の中にぐるぐると転がす何かを持っていれば、気付く間もなく、「退屈」は通り過ぎていく。